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きょうも田畑でムシ話【90】

2020年9月 8日

モグラ――地下帝国の覇王  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 「また、モグラに根っこをかじられちまってよお」
 そんな話を幾度か耳にした。ニンジンやダイコン、サツマイモがかじられたというのである。

tanimoto90_1.jpg 「証拠だって、あんだぞ」
 写真を見せられたこともある。
 だが、それらはまず、えん罪だ。ネズミや昆虫の犯した罪を、たまたま近くにいたモグラがかぶることになる。
右 :野菜畑でモグラを見ることもあるが、野菜をかじるというのはえん罪のようである


 モグラの主食は、ミミズとされている。指にはさむような形でミミズを頭の方から食べ始め、半分ぐらいになったら、こんどは逆さにして、かみきったところから泥をしごくようにして食べていく。これはなかなか、理にかなった食べ方ではある。
 そうやって毎日、体重の半分ぐらいを腹におさめるというから、相当な大食らいだ。
 ミミズ以外では、コガネムシの幼虫などをえさにする。その意味では、益獣とみることもできる。
 だが、そこに目を向けてくれる農家は少ないだろう。いかんせん、そうしたコガネムシ類のすむ場所が、モグラの掘るトンネルに近いからだ。
 夏だと地下10cmぐらい、冬なら20cmから30cmあたりにトンネルが多いという。ただし、落ち葉を集めてつくる巣だけは別で、水はけが良い地下50cmぐらいのところを選ぶようである。


tanimoto90_2.jpg 農家の勘違いは、トンネルのせいで作物の根が乾くことから生まれる。野菜や果樹の苗を植えてしばらくするとミミズや虫が集まり、それに気づいたモグラが近づいてくる。そうでなくても、彼らが生活する通り道に株があったりすると苗が浮くことになり、悲惨な結末になる。
 運悪くそこでモグラが見つかれば、動かぬ証拠とされる。トンネルがあるだけでもやっぱり、モグラのせいとなる。
 ぱっちりした目でもあってニコッとすれば、笑ってすまされるかもしれない。だが、彼らにはそれもない。薄い皮膚に覆われた黒い小さな点が、ポチッと付いているだけだ。
 それどころか、その場から一刻も早く逃げ出そうとジタバタするから、なおさら怪しまれる。

 そんなところではすぐ、ペットボトルを利用したモグラよけ風車の出番となる。カラカラと回るところは、なかなか威勢がいい。羽根の回転音が地中に伝わり、モグラをいかにも遠ざけそうである。
 残念なことに、効果は期待できないと専門家は説く。だが、モグラを脅すことにならなくても資源の再利用にはなるから、子どもと一緒に作るのは、とりあえずいいことだろう。
上 :カラカラと音を立てて回転するペットボトルで作られたモグラよけ。でも、効果はほとんど期待できないそうだ


tanimoto90_12.jpg 10月10日の夜の呼び名である「トオカンヤ」には、モグラよけの伝統行事がある。地域によっては1月14日になるが、「トオカンヤ、トオカンヤ」などと唱えながら、わら鉄砲で地面をたたいて回るのだ。
 長野県や愛知県、奈良県の一部では、モグラの習性が知られていたようにも思える。根づいたばかりのキュウリやナスの畑の土を持ち上げて害をなすのがモグラのしわざだと知った上で、追い出す術も心得ていたからである。
右 :モグラの嗅覚・聴覚はすぐれているといわれるが、ヒト並みだという見方もあるらしく、よくわからない


 モグラは古く、「もぐらもち」「うごろもち」とも呼ばれた。平安時代には「うごろもつ」「うごもつ」という動詞があって、土を盛り上げることを意味したという。
 地上に土を持ち上げるさまから「モグラ」の名が生まれたと知れば、納得するしかない。そんなちょっとした名前にも動物の習性が反映されているとは、すばらしいではないか。
 対処法がまた、ふるっている。肥桶を天秤棒でこするというのだ。モグラはその音を不気味に感じて、その場から早々に逃げ出すらしい。
 干したナマコをトンネルに入れたり、皮をそぎ落としたツバキの実を砕いて埋めたりする地域もある。
 よくまあそんなやり方を思いついたものだと感心するばかりだが、モグラを見つけたら試してみたくなる。なんとも魅惑的なおまじないではある。


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左 :干しナマコ。かつお節を思わせる味わい深い外見だが、さて、本当に、モグラ退治に役立つのだろうか
右 :ツバキの実。この中にタネが入っているのは知っているが、モグラよけにもなるとは知らなかった


 モグラ塚は珍しくない。しかし、肝心のご本尊であるモグラを、生きたまま拝むのは難しい。
 それでも、子どものころはたびたび目にした。だれかがどこかで捕まえてきて、バケツに放り込んでいたものだ。その当時は、いまよりもっと多かったのだろう。
 最近はまったく見ない。見つかるのは、死がいばかりだ。だから、あんなこともこんなことも、試そうにも試せないのだ。


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左 :モグラ塚。これを頼りに土を掘れば、いつかはモグラが拝めるはずだ。でも、それを行動に移すことは、まずしないよね
右 :もう長いこと、こんなふうに死んだモグラしか見ていなかった。これだって、見るのはまれだ


 モグラは土の中の覇者だ。ではずっと潜ったままかというと、そうでもない。自分の所有するトンネルによそ者が侵入すれば、激しく威嚇し、追い出しにかかる。その剣幕に恐れをなした相手は思わず、地上に飛びだしてしまう。
 巣立ちの時を迎えたコドモも似たようなことになる。親にすみかを追われ、しかたなく新天地を求めて地上に出るからだ。
 そうした時には天敵に遭遇する確率も高く、捕まったり、傷つけられたりする。その結果、死がいだけが残る。
 そんなモグラにとっての受難の時は、ぼくには出会いの時となる。
 毎年の巣立ち時期は5、6月なのだとか。期間限定だと、思いつきで行動するズボラなプチ生物研究家にはハードルが高すぎる。


tanimoto90_7.jpg ところがなんと、その時期から外れたつい先ごろ、暑い日中にコンクリートの上を走るモグラに出会ってしまった。なんという僥倖、モグラにとってはどうしようもない不幸なタイミングである。
 分布域からみて、千葉県にすむのはアズマモグラだろう。そのモグラはブロック塀に沿って、トコトコと歩いていた。
 アスファルトで舗装された道路のわきである。得意の土遁の術を使おうにも、逃げ場となる土が見えない。
 慌ててカメラを持ち出し、数枚の写真はなんとか撮った。
右 :どこから来たのか、このモグラはコンクリート塀に沿って先を急いでいた


 生きているものには、いのちの輝きがある。そのモグラの皮膚はつやつやしていて、ビロード感たっぷりだった。モグラの毛皮は高級品とされてきたが、それもうなずける。
 だからといって、農業被害を受けていないのに、自由に捕獲することは許されない。せっかくのチャンスだから捕まえてみたい、触れてみたいのに......と思っているうちに、そのモグラはブロック塀の小さなほころびを見つけ、穴を掘りだした。
 ――そこは、さすがに無理じゃないの?
 そう思える小さな穴だった。


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左 :「土めっけ!」。モグラがそう思ったかどうかはわからないが、やっと見つけた土であることは確かだ
右 :まさかまさかと思っているうちに、見事に姿を消した。モグラの穴掘り能力はあなどれない


 ところが、彼か彼女かわからないモグラは難なく掘り進み、小さなしっぽの残像を見せて、あっという間に、土のなかに潜っていった。
 それにしてもよくまあ、あの狭いところに体が入るものである。
 あの毛並みである。つやつやである。だからすんなりコトをなすことができたのだろうと納得するしかない。


tanimoto90_010.jpg モグラは「土龍」と書く。
 長いこと、そう信じて疑わなかった。モグラのトンネルが龍を思わせたのだろうと。
 それなのに、本来は「地龍」だったのだとする記述を見てしまった。トンネルを龍に見立てるのはいいが、中国では本来、ミミズを「土龍」と表したというのだ。
 現代の日本人は「地龍」がミミズだと信じて、その文字を使っている。ぼくもそうしてきた。それなのにホントは違うよ、なんてことを知ってしまった。これから、どうすればいいのだろう。
左 :モグラの主食はミミズ。土龍が地龍を食べるのだから、龍がいたら頭を悩ますことになりそうだ


 そういえば、「虹」に虫へんを使うのは、虹が龍を表すからだとか。大蛇が天に昇って龍になるとき空にできるのが虹であり、「工」というつくりは天と地をつなぐことを意味するらしい。
 たしかに、虹はスマートだ。それを龍と見たのもわかる。
 そう考えると、ミミズはともかく、モグラを龍と見るにはちょっと太めだと思えてきた。
 さあて、どうしたものか。こんど生きたモグラを見つけたら、尋ねてみるとしますかね。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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