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きょうも田畑でムシ話【86】

2020年5月 8日

シオヤアブ――ひげ面の最強伝説  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 若葉がきらめくと、わが家の菜園作業もようやく、始動する。
 プロ農家は、もっと前から準備している。マジメな菜園家も早くから、せっせと用意してきたことだろう。
 だが、気まぐれでありズボラをモットーにするぼくは毎年、花粉症の症状と相談しながらの作業となる。
 この陽気で一気に伸びた雑草を抜き取り、わが世の春を謳歌する雑木の枝を切り、虫食いだらけの葉物野菜を整理した。

tanimoto86_1.jpg そしてエノキの小枝切りの最中に見つけたのは、すっかりおなじみとなったアカボシゴマダラの幼虫だった。鹿児島県の奄美大島に行けば在来種がいるが、わが家で暮らすのは外来種だ。
 それにしても、葉化けのたくみさよ。ひとさし指の関節2つ分はある巨大イモムシなのに、うっかりすると見のがしてしまう。
 せっかく、寄りついたのだ。葉をかじられるくらい、なんてことはない。
 その周辺の葉は残しつつも枝を払い、草をむしり......そのあとは、穴掘りである。残さのあれこれを、狭い敷地内のどこかに埋めなければならない。
右 :この春もわが家で見つけたアカボシゴマダラの巨大な幼虫。住宅街にも堂々と現れる、なじみのチョウになっている


 で、土を掘る。
 せっせと、掘る。
 しばらく掘っていくとたいていはコガネムシ科の幼虫が姿を見せるから、すこしは気がまぎれる。
「おおお。これはカブトムシではないか!」
 と喜んだ年もあったが、もはや思い出だ。目の前の雑木林が宅地に変身してからというもの、カブトムシとの出会いは激減した。
 そんな中でのコガネムシ類との遭遇だ。ヨトウムシやタバコガの幼虫とともにヒキガエルのごちそうになってもらうこともあるが、それでもいくらかは手元に残る。それらを水槽や植木鉢に入れておくと、何匹かが無事に羽化する。
 多くはシロテンハナムグリだったように思うのだが、うかつなことに羽化後の写真がない。あまりにも当たり前に見つかるので、成虫になったころにはすっかり、撮影意欲を失っているのだ。


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左 :土を掘ると出てくる出てくる幼虫たち。このうちの何割かは、ヒキガエルのごちそうになる。合掌。アーメン!
右 :家の前に雑木林があったころは、いろいろな虫との出会いがあった。それが減ったのは、いかにもさびしい


 背中を下にして進む幼虫ならハナムグリやカナブン、腹を地面にくっつけてふつうに前進すればコガネムシの仲間だといわれる。菜園家に嫌われるのはおもに、根っこをかじるコガネムシの方だろう。
 わが家の庭土に潜むのはその両方だ。俗にカナブンと呼ばれるドウガネブイブイやアオドウガネも混じっているようで、夏になれば玄関の明かりめがけて突進してくる猛者もいる。


tanimoto86_4.jpg まぎらわしいことに、ハナムグリもカナブンもコガネムシも地域によって呼び方が異なる。ぼくの子ども時代の名古屋市では、ハナムグリ以外をひっくるめてカナブンと呼んでいた。
 いや、それも正確ではない。育ったのが市南部の埋立地だったせいか虫自体が少なく、ハナムグリの名を聞いたおぼえがない。それでなんとなく、コガネムシが正式名称で、カナブンというのは方言だと思っていた。
 ここでのコガネムシ類は、それら全部をひっくるめた総称として使っている。
 だが、そんなことはどうでもいい。いまの家に住んで二十数年になるが、この春、その土の下にいる新たな虫に遭遇したのだから――。
右 :こんなハナムグリの仲間の幼虫が、庭土の中に潜んでいる


 名を、シオヤアブという。
 漢字では「塩屋虻」と書く。おしりの先が塩をふいたように白いことからの命名だ。
 だからといって、傷口に塩を塗られたように、ヒイヒイと泣いたり鳴いたりすることはない。むしろその逆で、相手を泣かせるどころか、襲って食ってしまう狂暴性がよく話題になる。
 いわく、「昆虫界最強の虫」「虫の世界の名ハンター」。
 ひとたび目をつけられたら、あきらめるしかないといった意味合いでの呼称のようだ。
 その仲間を総称して、ムシヒキアブと呼ぶ。「虫を引くアブ」が名前の由来だが、そのイメージはおそろしく、おぞましい。まるで、刑場に引かれるような感じが漂うからだ。


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左 :おしりに白い毛の束がある。これを塩に見立てたのがシオヤアブの名前の由来だという
右 :獲物を捕らえたムシヒキアブの一種。多くの場合、何かをくわえている


 「挽く」という表記もたまに見るが、コーヒー豆をミルで挽くように、すりつぶして食べることはしない。体液を吸う、吸血鬼ドラキュラのような昆虫である。
 甲冑(かっちゅう)ボディーを誇るカナブンも、狂暴なことではひけをとらないスズメバチ、高速で飛ぶ空の王者・オニヤンマ、どう猛さでは負けないカマキリさえも捕獲し、餌食にする。
 人間でいえば肩のあたりの異常とも思える筋肉は、アメリカン・コミックで有名な超人ハルクを思わせる。あれだけの筋肉があれば、さぞかし速く飛べるのだろう。
 巨大な眼もすごみがある。ひとにらみできっと、広く、遠くまで見通せるにちがいない。
 もじゃもじゃっと生えたひげだって、尖った頑丈なくちを隠すための小道具なのだと思えてくる。
 こんなことを書き連ねると、彼らの印象がますます悪くなりそうだが、裏を返せば農業・農家にとってはありがたい害虫ハンターでもあるのだ。
 見つけたら殺虫剤などをぶっかけず、何をしているのかをよく観察したい。農にあだなす悪い虫を退治しているはずである。
tanimoto86_5.jpg あろうことか、その幼年時代のシオヤアブをわが庭で見つけたのだ。しかも2匹も。
 見た目は白く、半分透き通ったようなイモムシだ。
 と思ってイモムシの図鑑を開いたものの、その姿はない。
右 :初めて見たシオヤアブの幼虫。どちらが頭なのか、おしりなのか。ちょっと見には、区別できない


 あらためて幼虫を見るが、そもそも、どちらが頭か、おしりなのか。
 成虫になれば立派なひげと、塩に見立てた白い毛の束で周囲を圧倒するが、お子様のうちはそのそぶりさえ見せない。
 だったら土の中で何をしているのかというと、根切り虫類をひっとらえて食べているのだとか。
 ということはつまり、お子様たちも、農家の味方なのだ!
「これはすごい。しばらく飼って、成長するところを見せてもらおうではないの」
 うひひと笑い、そこらに転がっていた植木鉢にコガネムシ類の幼虫と一緒に放り込み、とりあえずの土掘り作業を続けた。


tanimoto86_7.jpg その翌日、そろそろ水槽に移してやろうと鉢をひっくり返すと――。
 消えていた!
 鉢の中の土を念入りに探ると、干からびたコガネムシ類の幼虫が2匹見つかった。
 おそらくはそれらをえじきにして力をたくわえ、鉢の下の水抜き穴からまんまと逃走したのだ。
 きっとそうにちがいない。そうとしか思えない不思議な体験をさせていただいた。穴抜けどころか、じつにマヌケな体験ではあるのだが、それはまあ、よくあることだ。
 かくして、二十数年にして訪れたせっかくのチャンスは、数枚の写真を残しただけで消え去った。
左 :シオヤアブの幼虫に襲われたとおぼしき、コガネムシ科の幼虫の死がい


 このけったいな幼虫の姿から連想するのは難しいが、シオヤアブはハエ目ムシヒキアブ科に分類されている。
「へえ、ハエの仲間なのか」
 そうわかっただけでも、よしとすべきか。
 次に出会えるのは、いつだろう。
 とにかくは、土をせっせと掘ることにしますかね。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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