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きょうも田畑でムシ話【85】

2020年4月10日

ヨコバイ――ジュースが好きなはにかみ屋  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 修験者が一枚歯の下駄をはくのは、すこしでもほかの生き物の命を奪わないためらしい。
 もうずいぶん前のことだが、それを知ったとき、へえそうかあ、と感心したものである。そしてその一方で思ったのは、さぞかし歩きづらいだろうなあ、ということだった。そしてさらに、下駄の歯の接地面積を半分にすれば、2枚歯でも同じではないのか、という素朴な疑問が頭に浮かんだ。
 ところが最近は、一枚歯の下駄がちょっとしたブームだというではないか。そういえば、仙人から授かった1枚歯の下駄を履いて転ぶと、背が縮む代わりに小判が現れるという昔ばなしがあった。もしかして、まさか小金をたくわえるため? なんて考えること自体、ビンボー人のゆえなのだが、うらやましい気持ちも捨てきれない。

 ちなみに、かの昔ばなしの結末は教訓に満ちている。強欲な者がまねて小判を出し続けたところ、ついには虫のように小さくなりました、ということなので、決してまねをしないことだ。
 昨今の一枚歯の下駄ブームは、体のバランス感覚を鍛えたり、脳の老化防止に役立ったりするということが背景にあるらしい。もはや、虫けらのことに思いを寄せるゆとりはないようだ。


tanimoto85_1.jpg それはともかく、一枚歯の下駄は一本下駄、天狗下駄とも呼ばれる。
 だからというわけでもないが、天狗の隠れみのはストレートでわかりやすい。自分の身を隠すための道具という以外に、ほかの用途を思いつかないからだ。
 現代っ子にはハリー・ポッターの透明マントといった方が伝わりやすいかもしれぬ。そしてついでに、そんなのが欲しいと願うのだ。
 実際にそう言われたこともある。
「だったら、いいのがあるよ」
 ぼくはそのとき、カクレミノという植物があることを教えた。木が若いうちは葉の個性が大きい。三つにわかれていたり、二つだったり、並みの葉の形だったりする。
 いわく、「じゃんけんの木」「グー・チョキ・パーの木」。その葉を使ってじゃんけん遊びをした思い出がある人は幸せだ。何事につけても、のんびりした時代を生きた人だと思う。
右 :わが家のカクレミノ。葉の形はさまざまで、「じゃんけんの木」とも呼ばれる


 ところが、話はそこで途切れる。カクレミノでじゃんけん遊びはできても、身を隠すことはできないからだ。
 なるほどと納得して次に思いつくのが、カクレミノに似た植物のヤツデである。
 といっても、これまた八つに裂けた葉というわけではない。名前の通り、規則通りにはいかぬものだ。七つ、または九つに裂けた葉の方が多いように見受ける。それでもヤツデには「天狗の羽うちわ」の別名もあり、「天狗のうちわ」とも呼ぶ。後者でいえば、カクレミノもまたそう言うようだから、まぎらわしい。


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左 :「八つ手」というわりには7や9に裂けた葉の方が多いヤツデ。俗称「マエムキダマシ」はこの葉の裏に多い
右 :まさに、「マエムキダマシ」。うっかりすると、前と後ろを間違える。クロスジホソサジヨコバイが標準和名だが、これもまたわかりにくい名前だ


 だがしかし、そんなことはどうでもいいのだ。ヤツデの葉を自分の住まいのようにする面白い虫がいることが、ぼくには重要だ。
 名前をクロスジホソサジヨコバイという。
 これまた、なんともわかりにくい名前だが、漢字で黒筋細匙横這とか黒条細匙横這と書くと、ますますわからん。
 匙というから、スプーンをイメージすればいいように思うが、それにしてもなんじゃらほいの名前である。
 だから、俗称の「マエムキダマシ」が広まった。
 たしかに、うまく人間をだまくらかす。ちょっと見た感じでは、どちらが前か後ろなのか、はっきりしないのだ。
 そんなことから、ヤツデを見れば葉を裏返す習慣が身についたのだが、このごろはなんだか減っているような気がする。
tanimoto85_5.jpg 見慣れたクロスジホソサジヨコバイを上から見ると前後不覚(?)に陥るが、前から見るとダックスフンドのような顔つきだ。それではと後ろから見ると、チンのようにも泣きべそをかいた顔のようにも見えてくる。
右 :おしりの方から見たクロスジホソサジヨコバイは泣きべそをかいているような感じだ


 そんな表情豊かな虫が何をするかというと、植物の汁を吸うのだ。ヤツデが目立つ被害を受けているようには見えないが、シラカシやシロダモなどが選ばれるらしい。
 植物の汁を吸うからといって、このクロスジホソサジヨコバイだけがワルなのではない。ヨコバイというグループ全体が見事に集団としての規律を守り、好みの植物とみればチューチューと汁を吸う。その結果、水稲のツマグロヨコバイなどのように、農家から敵視されるものも多い。
 それでもバナナ虫こと、ツマグロオオヨコバイはまだいい方だ。その愛称で、子どもたちにかわいがってもらえる。
 彼らが喜んでいるかどうかは、また別問題である。見つけたときにバナナを連想しなかったら、もうトシなのだとあきらめることにしよう。

 迷うのは、名前のよく似たオオヨコバイがいることだ。おそらく、オソロシク大きな虫なのだと思ってしまう。
 して、その実体はというと、1cmもない虫なのである。それなら1.3cmあるバナナ虫の方がずっと大きい。
 敬意を表してツマグロオオオオヨコバイとでも改名してほしいのだが、ガクモンの世界は一筋縄ではいかぬ。巨大さをアピールするなら、同じ吸汁性の虫ということでクマゼミでも持ち出す方がいい。ヨコバイ亜目だから、クマゼミにはクログロオオオオオオヨコバイなんて名前でも付けてやりたい。


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左 :「バナナ虫」の名も有名なツマグロオオヨコバイ。大きくて堂々としている......わけでもなく、すぐに隠れたがる
右 :見たまんまの「オオゼミ」の地方名もあるクマゼミ。これもまあ、ヨコバイの仲間ではある


 子どものころヨコバイといえば、害虫のツマグロヨコバイがすべてだった。しかし自前の田んぼを持たないので、最近は身近な虫といえなくなっている。もっとも身近なのは、ツマグロオオヨコバイだろう。
 そんなことを考えながら、なんとなく、写真の保管庫を探ってみた。すると意外にも、ヨコバイの仲間をたびたび撮影していたのだ。野外で見て気になったものだけしか撮っていないから、実際にはもっと多くの場面でヨコバイ一族に出くわしているにちがいない。


 何年たっても実がならないキウイフルーツにはキウイヒメヨコバイがいた。1991年に初めて確認されたようだから、新顔の部類に入る。それが実のならぬわが家の木にやってくるのだから、酔狂な虫だといえる。
 マエジロオオヨコバイは前が白、つまり頭が白っぽいという意味からの命名だと思うが、見た感じではそんな印象はない。むしろ、ハネグロオオヨコバイである。


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左 :何年たっても実をつけないわが家のキウイフルーツの葉にとまっていたキウイヒメヨコバイ
右 :マエジロオオヨコバイとはいうが、前部の白って、そんなに目立つかなあ


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左 :オオヨコバイという名前だが、それほど大きくはない
右 :チビタマムシの仲間かと見まごうクロヒラタヨコバイ。ウルトラマンの雰囲気も漂う


 そのほかにもオサヨコバイ、クワキヨコバイと思われる写真も撮っているが、名前も姿もあまり興味を引かない。
 その点ではクロヒラタヨコバイは面白い。ヨコバイというわりには横隠れすることもない。
 「逃げるときは逃げる。それがオトコというもんでっせ」
 とでも言いそうな感じで、ぴょんと跳んで逃げるのだ。だからといって、それがオスなのかどうは、まったく知らない。チビタマムシの仲間かと思いたくなるくらい、そっち系の雰囲気を持っているとぼくは思う。
 それでもやっぱり、ヨコバイの一種なのだ。なかなか奥深いグループの虫たちではある。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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