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2020年3月 6日
跳んで見せる底ぢから――コメツキムシ
馬刺しのことをケトバシとはよく言ったものだ。競馬場のすぐ隣で育ったせいか、馬券を買うことはなくても馬にはいささか、関心がある。
厩舎が火事で焼けたときには、馬肉のコロッケが精肉店で売られた。店主が自分の馬を所有していて、焼け出された馬の肉を材料にしたというのだ。
その店主とわが家とは親しい間柄だったが、いかんせん、まだ子どもだった。親から聞いただけで確かめたわけではない。ウソかマコトか知らないが、世の中にはまあ、そんなこともあるのだろうと納得したものである。
それにしても、馬のケトバシ力はすごい。漫画だと景気よくふっ飛ばされるだけで済むが、まともに一発くらったら、気がついたときにはこの世ではないどこかにいるだろう。
右 :馬はまさか、「ケトバシ」の意味を知らないだろうね
虫にも、おそろしく反発力のあるものがいる。
大きなものでは、コメツキムシがそうだ。俗にいう「パッチン虫」である。
暑い季節には玄関の明かりを目当てにやってきて、壁にジトーッと張り付く。そうしたときの彼らは、なぜだか接着されたようで微動だにしない。
「せっかくここまで来たんや。テコでも動かへんで」
と主張しているかのようでもある。
だがその割に、簡単にひっぱがされる。そしてオソロシイことに、ニンゲンの子どもたちの遊び相手をさせられるのだ。
床に置かれる。それも、あおむけである。
テントウムシだったら、命とりになるかもしれない。はねを広げて起き上がろうと試みるが、つるつるで平らな床だとうまくいかない。つかまるものが何かないと、絶体絶命である。
それに比べるとコメツキムシはえらい。逆境にもめげず、自力で窮地を脱する。
しかも見事に、というか見ている者が思わず身を引くほどの瞬発力で飛び跳ねるのだから、アッパレとしか言いようがない。
左 :ひっくり返ったコメツキムシ。というか、そうなってもらったのだけど、ホントは迷惑なんだろうなあ
日本だけで400種もいるという。となれば、その能力もさまざまだろうが、わが家にきたものに付き合ってもらって測ったら、20cmほど跳んだ。
どうしてそんなことできるのか。
たいていは、こんなふうに説明されている。
中胸のへこんだところにある前胸の突起が外れると、前胸が背中の方にそり返る。それを急に戻そうとすることで、跳び上がることができる――。
なるほど。まあ、なんとなくわかる。わからないのは、そもそものコメツキムシの名前の由来だ。
清少納言はあの『枕草子』で「ぬかづきむし」について、こう書き記した。
――仏心を起こしたのか、地面に頭をつけるようにして歩く修行をしている。ことこと音をさせて暗いところを歩くなんて、グッとくるじゃん!
「ぬかずきむし」は、「額づか虫」「叩頭虫」と表記され、コメツキムシのことであるぞ、なんて学校で教わった。
では、そのコメツキムシを漢字で書くとどうなるかといえば、ふつうは「米搗虫」だろう。
と、どうしても首をひねりたくなる。
ナゴンちゃんが見たのは本当に、現代人がいうコメツキムシだったのか?
歩く様子を見ていると、まあ、とことこ感は出ている。実際にことこと音を聴いたのか、イメージだけだったのかは知らないが、それにしてもと思うのは、ほかならぬ、あのナゴンちゃんの文章だからだ。
あんなにも観察眼のすぐれたナゴンちゃんがコメツキムシを取り上げるとしたら、やっぱり、パチンと音を立てて跳ね上がるシーンを描いたのではないの? という素朴な疑問だ。現代の子どもたちでも、あのパッチンがなければ、コメツキムシには目もくれない。
まあ、何を書こうが勝手だけど、とことこ歩くだけなら、ほかの虫だってしている。聴力がまともなら、かすかな音も受けとめよう。だが、それにしても......と思うのだ。
右上 :何を思うのか、葉の端っこで思案中(?)のコメツキムシ
左 :わが家にもコメツキムシはやってくる。もしかして、やっぱり遊んでほしいからなのか
右 :「米つきバッタって、おれのことじゃなかったの?」。なんて言いたそうな表情(?)のショウリョウバッタ
コメツキムシは「米搗虫」であり、その名は米を搗くさまに由来する、なんて説明に疑問を感じる。
米を搗く場面はめったに見られなくなったが、「搗く」という動作から連想するのは、上から下に力を加えることではないか。ぺったんぺったんのもち搗きがいい例だ。水車でことこと、もいいかもしれない。
地域によっては、コメツキムシを「コメツキバッタ」と呼ぶ。
ところが「コメツキバッタ」は、「ハタオリバッタ」とともにショウリョウバッタのあだ名でもある。あの長いあしを手に持つと、ぎこぎこ動かして、機を織るような動きを見せる。だから上司にぺこぺこ頭を下げる輩を、「コメツキバッタ」と呼ぶのだろう。
米を搗くのではなく、ポン菓子やポップコーンをつくる過程で弾けるあのイメージの方が、よりコメツキムシに近い。
コメツキムシには跳ねてほしい。それでこそコメツキムシなのだ。
虫たちのオリンピックがあったら、パッチン競技は文句なしに、正式種目になるだろう。
「位置についてー。よーい、どん!」
合図のあとで、各選手が一斉に跳ねる。高さで競うのがいちばんだろうが、距離でみてもおもしろい。パン食い競争のごとく、跳躍力を生かして一気に食べものを食いちぎる競技もいい。
跳ぶ力の優秀なことでは、ヨコエビも負けていない。地面に置いた植木鉢やプランターを持ち上げると、大げさなくらい、ぴょんぴょん跳ねる。だが、かわいげがない。
個人的な印象だから許してもらうとして、どうしてもカマドウマを連想してしまうのだ。そう、「ベンジョコオロギ」などとさげすまれる脚力の強い虫だ。
カマドウマはじめじめした環境を好む。だから、おてんとさまの下で見る機会は少なく、洞窟で出くわしたりでもしたら、ドキドキものである。気配を感じてよく見ると、これまた嫌われ虫のゲジ、つまり俗称「ゲジゲジ」の群衆がこちらを観察しようとざわついている。
ニンゲンの思いだけで虫さんを評価してはいけないのだが、そんなことでゲジが嫌われ、カマドウマもうとまれ、ついでにヨコエビも敬遠される。
右 :抜群の跳躍力を誇るカマドウマ。だけどさあ、人気がいまいちなんだよね
ヨコエビというけったいな名前は、体を横にしていることが多いからだろう。横向きのエビに似たものという意味だ。
とはいうものの、エビの仲間ではない。ダンゴムシやフナムシに近く、エビの目に見られる柄のでっぱりが、ヨコエビにはない。エビには5対の腹肢があるが、ヨコエビには3対しかない点でも異なる。
ヨコエビのあしは、前の方と後ろとで向きが異なる。しかも後ろのあしは背中に向けて、180度回転させることができるのだ。
その結果、体を横にした際、前の方のあしでは腹側、後ろでは背側の地面をけとばすことができ、体は前に進んでいく。けったいな、それでいて環境に合った便利な構造だ。
左 :「うーん。たしかにヨコエビなんだけどさ、いつもいつも横にはなっていられないよ」。そうですか。気持ちはよくわかりますよ
ヨコエビは海岸で見ることも多い。打ち上げられた海藻や漂着物をひっくり返すと、ぴょんと飛びだし、ぴんぴん跳ねる。そうかと思えばわが家の庭にもいるし、マリアナ海溝にも川や沼、林にもいる。世界中、まさにあらゆるところに生息するらしい。
まさに抜群の適応力! 気色悪いと思ってはいけないのだ。毎年のように新種が発表されていて、日本産だけでも1000種はくだらないとか。好きとか嫌いとか、クダラナイ話をしていては笑われる。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。