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きょうも田畑でムシ話【79】

2019年10月 9日

オンブバッタ――したたかな菜園虫  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 これまでにいったい、何度繰り返したことか。
 暑い、暑いと不満たらたら汗だらだらだった夏が遠ざかろうとすると、菜園の野菜たちがとたんに生育を鈍らせる。すると息を合わせたように、あんなにいた虫たちも姿を隠す。

 コガネムシ類がいい例だ。インゲンやトマト、ニガウリなどのつるがからみあって何を育てているのかわからなくなった棚に、いつ見ても、びっしりと張り付いていた。それがいまや、完全にお隠れになったのだ。

 アオドウガネ、シロテンハナムグリ、マメコガネと種類もいろいろだが、それらが一斉に消えたのだから、わが菜園にとっては一大事である。

tanimoto79_1.jpg 害虫と呼ばれる輩だから、多くの農家は喜ぶだろう。だが、ズボラ菜園家の場合にはちと違う。
「さて、困った。ヒキちゃんの食事はどうしたものか......」
 どうにかなじんでくれたプランターの飼育容器にいるヒキガエルのえさやりが、とたんに難しくなったのだ。頼りにしていたコガネムシ類だけでなく、株からこぼれ落ちそうなほどいたピーマンやトマトのホオズキカメムシも、もはやちらほら。イモムシの類もまず見ない。たいていは難なく大量捕獲できるダンゴムシさえも見つからない。
 これを一大事と言わずして、なんと言おう。虫の世界の住民的に考えれば、まさに突然の神隠しである。捜索届を出そうにも、虫に通じる文字は書けない。そもそも何に書く? 葉っぱに書いた手紙を、配達する青虫が食べてしまったという童話もあったっけ。
右 :夏去りぬ。あんなにいて困ったコガネムシの仲間がすっかり姿を消した。食害は困るが、一度に消えるのも困る


「どこぞになんぞ、おらんかのう」
 祈るような気持ちで菜園を歩くと、この夏はまったく利用しなかったシソの大株やラッカセイの葉が行く手を阻む。
 といっても猫の額ほどの土地だから、ほんの数歩で通り抜けることができるのだが、それでもなんとかしないといけないなあと思わせる雑草通りと化している。
「よし。あしたには草とりをしよう」
 きょうと言わずあしたとするところがいかにもズボラなのだが、とにかくも、殊勝にもそう思った瞬間、忘れていた虫に気がついた。
 オンブバッタである。
 ぼくにとっては意外でしかないのだが、虫に関心がない人には、大型のショウリョウバッタもオンブバッタも同じに見えるらしい。
「あのお、子どもが捕まえたんですが、このバッタ、まだ大きくなるんですよね?」
 そう言って見せられたのがオンブバッタであることは、幾度か経験済みだ。なかには、「脱皮したら、大きくなるのよ。ママも子どものころ、よく見つけたわ」なんて話す母親もいる。


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左 :捕まえたら、くちから液を出した。なめたことはないが、きっといやな味がするんだろうなあ
右 :オンブバッタと間違えられることが多いショウリョウバッタ。大きさがずいぶん違うのに


 せっかくの幼児体験の思い出を壊すようで心苦しいのだが、ショウリョウバッタの子どもと勘違いする虫の大半はオンブバッタだ。
 ショウリョウバッタのオスなら、確かに小さい。でもそのあだ名は「キチキチバッタ」と呼ばれることが多い。世の中は広いから、「オンブバッタ」と言う所があるかもしれないが、成長しておとなになったバッタがそれ以上脱皮することはない。成虫になったら、それ以上、大きくなることはないのだ。
 それに「キチキチバッタ」は、オンブバッタよりも細身だ。できれば両者を実際に並べてみればいいのだが、オンブバッタに比べるとショウリョウバッタを見る機会は減っている。残念なことである。


「だったら、ほかの見分け方はないの?」
 せっかちな人は、かぶせるようにして言う。
 答えはある。オンブバッタの顔をじっくり見ることだ。よく見えないローガンの人は、ルーペを使えばいい。
 オンブバッタは、にきび面である。顔にぶつぶつというのかつぶつぶ、いぼというのか、いくつもの点々が見えるはずだ。幼虫時代はからだ全体に目立つ。ショウリョウバッタなら、つるんとしている。

 よく似た感じの虫にはクビキリギスやササキリなどがいるが、それらのひげは細くて長い。


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左 :正面から見たオンブバッタ。にきび面と短い触角が特徴だ
右 :これはクビキリギス。体格的にはショウリョウバッタよりもオンブバッタに近いが、触角の長さを見れば違いは一目瞭然だ


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ふつうに見るのは、みどり色のオンブバッタ(左)だけど、茶色のオンブバッタもいる(右)


 オンブバッタとショウリョウバッタに共通する特徴としては、種は同じなのに、体色の異なるものがいることだ。みどり色と茶色の個体が存在する。
 これについては、環境説が有力視されている。みどりの草むらで育てばみどり色、枯れたような色の植物が多ければ茶色になるという。アマガエルはみどり色と茶色を使い分けるというのか、まわりの環境に合わせた体色変化を見せるが、オンブバッタやショウリョウバッタは時間差で色を変えることはできない。

tanimoto79_11.jpg 面白いのは、体色に関係なくカップルになるオンブバッタがいることだ。からだの色が環境に左右されるとしたら、みどり色と茶色の個体は別々の環境で育ったことになる。そしておそらく、彼らにとってその隔たりは大きい。みどり世界と茶世界というまったく異なる空間で育ち、大冒険の末、出会ったのだろう。
 だとしたら、巡り合う確率は低い。それなのに、見かける機会は多いのだ。
 ――といったことがちらっと頭をかすめることはあるが、実際に見つけるとただただ、うれしい。だって、写真うつりのいい異色のカップルなんだもん。
右 :体色は2タイプ。茶色のメスに求婚したのはみどり色のオスだった。これだとオスだけが目立つよね


 ところで、虫の世界にはいわゆる「ノミの夫婦」が多い。産卵して子孫を残す役目を背負ったメスの方が圧倒的に大きいのである。それでオンブバッタは結果的に、メスがオスをおんぶする形になる。
 するとすぐに、「ははあ、交尾なさっているのですな」と言う人がいる。それはゲスの勘ぐりというものであり、半分当たっているが、半分は間違いだ。いや、どちらかといえば、間違いの割合の方がやや大きいように思う。


tanimoto79_8.jpg ここからは推測の域を出ないのだが、自分のDNAを残したいがため、せっかく出会ったカノジョをよそのオトコにとられないように、カノジョに乗っかっているのだという説が生まれた。それに反論する説を提出するのは容易でなく、しかもメス確保説がもっともらしく思えるため、ここでもそうしてしまおう。
 わが家のオンブバッタたちをこの時期に見ると、おんぶ組が実に多い。だから、オンブバッタという名もらったのだろうが、はて、彼らはいつごろから、そのような関係になったのだろう。
左 :交尾してそうでしていないオンブバッタのカップル。上にいる小さい方がオスだ


 思い起こせば、幼虫時代はバラバラに生活していた。ニンゲン世界には「いいなずけ」なんていう言葉もあるが、バッタたちにはまさか、存在しまい。だとするとメスが小柄のオスをおんぶするのは成虫になってからであり、それがいつからだったのかが問われるのだ。
 身近にいるだけに、いままで調べたことがなかった。チョウなどは、羽化して、ようやくはねが伸び切ったメスをめがけて飛んでくるオスもいる。オンブバッタも、最後の羽化をしたばかりのメスに言い寄るのか? 相手を選ぶ基準は何だろう? 彼らの目に、体色の違いは映るのだろうか?
 気にしだすと、知りたいことがどんどん出てくる。幸いにも庭に出ればたいてい見つかるから、研究材料の確保で悩むことはなさそうである。
 ただし、問題がふたつ。ヒキガエルのヒキちゃんのえさにする方を優先させるのか、調査を先にすべきか......。まずは、それから研究するかなあ。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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