MENU
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2019年9月10日
ホオズキカメムシ――嫌われ者の本家本元
虫には当たり年というものがある。
コレクターであれば大きなヨロコビにもなろうが、それが害虫だったら大変だ。大挙して畑に押し寄せ、大きな被害をもたらすことにもなる。
取るに足らない小さな畑の場合はどうか。熱心な菜園家ではなく、ましてやどこかに出荷する予定もない、まさにぼくのような者が管理する畑にガイチューが集合したら、いったいどうなるのか。
結論をいえば、優秀でまじめな農家さんの畑以上に、悲惨な事態に陥ってしまうのである。
なにしろ、完全無農薬だけが唯一の自慢だ。襲う気になれば、こんなにもガードの甘いところはない。
「今年はやけに、カメムシが多いなあ」
植えつけた野菜の苗がひょろひょろっと伸びだしたころ、見るからにやわらかい茎にさっさとやってきたのはホオズキカメムシだった。
左 :ホオズキカメムシの卵を拡大してみたら......すでにもぬけの殻だった。いまごろはどこかで食事中だと思う
右 :トマトの茎にしがみつくホオズキカメムシ。好きなのはやっぱり、ナス科野菜のようである
いにしえの昔、カメムシの呼び名は「ホオ」であり、ホオズキが大好きだから「ホオズキ」の名をもらった、というような由来ばなしを何かで読んだ記憶がある。だから、ホオズキカメムシこそカメムシの中のカメムシ、由緒正しきカメムシであるはずだ。
ピーマンや同類のパプリカにしがみつくところは、何度も見た。同じ母親が産んだ卵から生まれた兄弟姉妹でも、本来はそれぞれの個性があるはずだ。それなのに、そんなことはみじんも感じさせない。どれもこれも同じような外見と性格を持つかのように、茎や果実に針を突き立て、しっかりしがみついて飽くことのない食欲を見せつける。
実をいうとわが菜園には、食用ホオズキが何株か植えてある。赤と黒のおしゃれな意匠のアカスジカメムシが呼びたくてハーブの一種、フェンネルを育てたように、食用ホオズキで〝元祖カメムシ〟のホオズキカメムシを誘い込むのも一興と考えたからだ。
そのためには、食用ホオズキもきちんと育てねばならぬ。そこで苦労して食用ホオズキを冬越しさせ、春早くからそこにあることをアピールする作戦に出た。
ホオズキカメムシが好むにおいがあたりに漂い、気のいい、というか食いしん坊の個体がそれをいち早くキャッチしたのだろう、ほどなくして計画通り、彼らは来た。アカスジカメムシの訪問が実現するまで数年を費やしたのに比べると、まさにあっという間の出現である。言い換えれば、ホオズキカメムシはそれだけ数多く生息していることを意味する。
左 :フェンネルを育てて数年後にやってきたアカスジカムシ。赤と黒のストライプは、なかなかおしゃれな意匠だと思う
右 :食用ホオズキにもホオズキカメムシは多数集まる。お情けなのか、ありがたいことにこの袋にも中の果実にも被害はない
だが、ぼくはすぐに後悔した。食用ホオズキが増殖基地になったわけでもあるまいが、ピーマン、パプリカ、ナス、トマトと襲撃範囲をどんどこ広げ、わが菜園はいつのまにかホオズキカメムシの館と化したのである。
彼らの味覚に合ったおいしい場所を探り当てたからなのか、寄生されていない株を探すのに困るくらい、あちらにもこちらにもくっついている。そして、「この場所からてこでも動くものか」という意志のかたさを見せつけ、チューチューと汁を吸い続けるのだ。
カメムシの〝元祖〟にお越し願うというもくろみは確かに果たせた。だが、その出会いは即座に、恨みに変わった。まさかと思ったサツマイモの茎にまで、びっしり集まっている。
被害が目立つのはピーマン、パプリカ、ナス、トマト、シシトウといったナス科の作物である。葉には勢いがなく、茎はくたびれたようにしおれ、果実のなりも悪い。トマトは、吸い痕とおぼしきところがへこんだり、奇形になったりしている。
サツマイモはいまのところ、茎も葉もなんともないように見える。食べるのは地下部だから、栄養が回っていないとしても、収穫する秋まではわからない。驚いたのは食用ホオズキで、数多く見かけるものの、果実のダメージはない。
右 :仲良く食事中のホオズキカメムシさん。なーんて言っている場合じゃないよ
だからといって、このままにしておくのも悔しい。さて、どうしたものか。
アブラムシ対策と同じように牛乳をスプレーしたこともあるが、効果はほとんどみられなかった。それならと今年から始めたのがヘルパーの活用だ。
もう何年も前のことだが、カジカガエルを飼った。百円ショップで手に入れたざるをふたつ重ね、むかしの河鹿籠をまねたものを作った。そしてその容器の中にボウルを入れ、小石を置いたところを彼の指定席にした。
えさとして、いろいろなものを与えてみた。好んで食べたのは蛾で、その確保のためにぼくは毎晩、誘蛾灯で小さな蛾を集めるハメとなったものである。
カメムシやアシナガバチ、ハエもやった。ハエはうれしそうに捕らえたものの、アシナガバチには舌を刺されたのか、いったん口に入れたものを吐き出してからは、頭に登っても知らんぷりを決め込んだ。カメムシも苦手なのか、食べようとしなかった。
左 :かつて飼育していたカジカガエル。石の上も3年なんていうが、この中に置いた石の上を指定席にしていたこのカエルは、2年後に川へ帰った
右 :カメムシ対策のヘルパーとして大活躍のヒキガエル。だけど、さすがに同じ食事だと飽きるようだ
今回ヘルパーに選んだのは、ヒキガエルだ。同じカエルでも、ヒキガエルの行動は、まったくちがう。
試しに集めたホオズキカメムシを飼育容器に放り込むと、動きを認めた瞬間、舌を伸ばして、むちで叩くようにして捕獲し、飲み込むのだ。見ていて、飽きない。菜園の厄介者も片づくので、何度か与えてやった。
ところが、その効き目は長続きしなかった。これはいいと、あまりにも大量のホオズキカメムシをやり過ぎたせいか、そのうち、頭に乗っても反応しなくなったのである。飽食時代の訪れである。
消費が鈍ったというのに、供給元の菜園からホオズキカメムシが減る気配はない。ヒキガエルにやるために大量捕獲することで、いったんは減る。しかし、まさにひとときのことだ。取りこぼしの個体が再集結して、またもや仕事を始める。見方を変えれば、なんとも勤勉な虫たちではある。
事ここに至り、鈍いぼくもようやく悟った。無駄な抵抗はやめよう、と。これまでの経験から、最悪・最強の身近なカメムシはクズでよく見るマルカメムシだと思っていたが、〝元祖〟だけあって、ホオズキカメムシも侮れない。寄生する野菜の茎を揺すって水を張った水槽に叩き落とすこともしたが、残党がまたすぐに集まる。
もはや、降参である。あとは、なるようにしかならない。
左 :クズを見るとまず思うのが、このマルカメムシだ。臭いよー。とっても臭い。カメムシの中でも相当な悪臭マニアだと思う
右 :海外では「ジャパニーズ・ビートル」として恐れられるマメコガネ。体は小さいのに、数があまりにも多いんだよね
野菜づくりで生計を立てている農家は、そうもいくまい。趣味の菜園だから、カメムシに負けたと簡単にいえるのだ。
外来種が国内で暴れて問題になっているが、マメコガネやクズのように、外国で迷惑をかけている例も少なくない。カメムシでは、オーストラリアのクサギカメムシがそれだと聞かされた。
新たな策は、リスペクト作戦だ。あの細く小さな針のような口であれほどのダメージを与えるなんて、アンタはエラい!
これで気を良くして、下っ端がするようなチューチュー吸いをやめてくれたらうれしいのだが......。それはたぶん、無理だろうね。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。