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きょうも田畑でムシ話【71】

2019年2月 7日

しなやかすぎるよろい?――ワラジムシ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 庭にこしらえたちっぽけな菜園でも、何かと手間がかかるものだ。すこし手を抜くとすぐにごみが散らかり、その片付けに時間をさかねばならない。
 不織布やマルチフィルムの切れはし、肥料や堆肥の空き袋、折れた支柱、そこにからみつくビニールひも......。そのつど処理すればよかったものが、知らず知らず、たまっていく。

tanimoto71_1.jpg そんなごみくずを片づけるついでに、プランターやポットも動かして、いくらか見栄えが良くなるようにしようとするのだが、それもまた中断するハメになることが多い。
 畝の端に置いた大きな鉢が、傾いていた。それはそうだろう、のり面のように斜めになったところに、テキトーに置いたまま、忘れていたからだ。
 で、よける。ズリズリとずらすようにして――。
 そのときだった。あまり驚くことでもないのだが、トビムシとジムカデ、ダンゴムシ、ゴミムシなどともに、ワラジムシが休んでいる場面に出くわしたのだ。寒い時期だから、そこで冬眠していたとみていいだろう。
右 :眠っていたワラジムシ。起こしたぼくが悪いのか、目覚めたアンタらがドジなのか


 このときなぜか気になったのが、ワラジムシだ。ダンゴムシに似るが、丸くならない。いわば無芸の「ベンジョムシ」である。
 いささか品を欠くこの呼び名はあんがい広く使われていたようで、ある程度の年齢の人なら、「ああ、あれね」と受け入れてくれる。若者はトイレとしか言わない。
 だが、そのわりに、いやそれだからというべきかもしれないが、あまり話題にならない。
 生物学の分類上は、ダンゴムシもフナムシもミズムシもみんなそろって、ワラジムシ目に属する。いってみれば、ワラジムシが格上であり、その他はワラジムシ一家の一員だ。家の表札には、「ワラジムシの家」と大書されていてしかるべき身分である。たぶん。


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左 :丸くなれるダンゴムシと、そのまんまのワラジムシ。この芸の差が好悪の分岐点なのか
右 :からだを丸めたダンゴムシ。見方によっては、アルマジロよりもカッコいい


 ところがぼくのみるところ、現実はそうでもない。むしろ逆転している。ワラジムシは、ダンゴムシやフナムシに比べると地味で、彼らの陰に隠れてこそこそしているようなイメージがある。
 ダンゴムシの学名には世界的に有名なアルマジロにちなんだワードが織り込まれ、「ちいさなアルマジロ」などと呼ばれる。西日本を中心に親しまれてきた「マルムシ」に比べると耳にする機会は少ないものの、事あるごとに「アルマジロ」の権威をちらつかせる特権の持ち主だ。


 フナムシは海辺にいて、舟をひっくり返したような形をした虫である。だから、舟または船の形にちなんだ命名だろう、と思っていた。しかしそれはどうも間違いで、船に張りついたりしのびこんだりすることが多いゆえの名前だと知った。
 英語圏では「ウォーフローチ」、すなわち「埠頭のゴキブリ」。このあたりの発想は、われらが日本人と同じだ。われわれもよく、「海のゴキブリ」と呼ぶ。同じように、田んぼやその周辺の水たまりで見かけるミズムシもやっぱり、水中のゴキブリにたとえられる。
 いい話、悪い話も含めて、そうした輝かしい逸話は、ワラジムシではまず聞かない。きっと古代から、地味な生活を送ってきたのだろう。


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左 :海岸でよく目にするむしといえば、フナムシだろう。ハマダンゴムシのようにもう少しカラフルだとかわいく見えるのに
右 :水中生活をするミズムシもワラジムシの仲間。でも、見た感じはゴキブリにより近い


 そのなかでやっと見つけたのが、ワラジムシは古く、「臆虫(おめむし)」と呼ばれていたということである。
 そのひとことで、ぼくの興味のレベルはぐぐぐーんと跳ね上がった。現代人がこの名を発する場面に出くわしたことはないが、それにしても「臆」とはすごい文字を当てたものである。
 「臆」には心とか胸、推し量る、おじけるといった意味がある。日常的には「臆する」「臆面もなく」という用い方をする程度かと思う。そしてこのことばから類推する「臆虫」ことワラジムシは、おどおどした、おじけるといった日陰者のイメージを持つ半面、遠慮会釈もない図々しい性格のムシであるということになる。

 さらに調べると「筬虫(おさむし)」という名前も見つかったが、片仮名で書けば「オサムシ」であり、甲虫のオサムシとまぎらわしい。筬というのは、はた織り機の一部をなす部品である。
 ということでまた、ワラジムシにゆかりの「臆虫」に戻るのだが、正反対とも思える意味を併せ持つから迷ってしまう。いったい、どちらがワラジムシ本来の性であるのか。

tanimoto71_0.jpg もしかして、「ジキル博士とハイド氏」のごとき存在なのか。そんなどっちつかずのキャラでよくも、わが前に姿を現すものよ!
 なんて憤るほどリッパな人間でもないのだが、この二面性はなんとなく理解できるから、なおのこと困る。
 しかし冷静になって思い起こせば、合点がいく。ほったらかしにしてあった鉢や石の下に隠れていながら、いざ人間に見つかると、ひょう変するのだ。
 ヒトの目は、スター性のあるダンゴムシに向く。まさにその間に、一家のメンバーであるということなど忘れたようにこそこそと逃げだし、逃げおおす。その割り切り方は、なかなか見上げたものだ。いっそのこと、「ジキルイド」とでも新語改称したらどうだろう。
右 :ムシ発見! と思ったらワラジムシは、ダンゴムシよりも早く隠れようとした


 そこで気づいたのが、そもそもの名前だ。
 ダンゴムシ、フナムシを束ねるワラジムシ目の統領という立場からすれば、もっと見栄を張った名前であってもいいのではないか。
 あの甲らのような殻というのかボディーを見て、はたして、わらじを思うのか?
 名前は一度定着すると、あらためて考え直すことをしなくなる。いまさらなんだという意見ごもっともだが、わらじの材料にするのは稲わらだ。脱穀したあとの稈(かん)を用いて縄をない、その縄を器用に編み上げ、こしらえる。あの頼りない稈から快適な歩行をもたらすわらじの発明にたどり着いたことには、心から敬意と感謝の意を表したい。


tanimoto71_8.jpg だがしかし、それにしても、もう少しちがった名前であってもよかったのではあるまいか。
 どう見たって、ワラジムシのからだはかたそうだ。
 古文書を読むと、むかしの人は正直だった。ワラジムシは平べったく、スッポンみたいな姿をしていて、甲らがあるものだと著している。
 同感だ。実際にさわってみるといい。よろい・かぶとや鍋のような硬度はないまでも、とりあえずはかたいと感じるだろう。田んぼに現れるカブトエビは堂々と「かぶと」を名乗るが、実際にはカサカサした感じがする程度の素材感でしかない。
 だからワラジムシの名前には、違和感がある。もっと広い範囲の同族ということでいえば、カニやエビがいる。よく知られた甲殻類だ。それなのにどうしてワラジムシは、ふんやりやわらかなわらじにたとえるのか。
左 :ダンゴムシのおしり。これなら立派なよろいに見える


tanimoto71_4.jpg そう思って頭の中の在庫を整理したら、ワラジカイガラムシが見つかった。初めて見たときにその名は知らなかったが、若干のビロード感があったので、「もしかしたら、わらじと関係する名前かもなあ」と思ったものだ。あとで図鑑を引っ張りだして確かめると、あらまあ、ドンピシャ、大当たり。連想しやすい名前をつけてくれたことに感謝した。
 カイガラムシと聞けば、なんだかとてつもなくかたい虫を頭に描く。しかし、ワラジカイガラムシはそうでもないから、「わらじ」の力を借りたのだ。
 だからこそ、ワラジムシの名にこだわりたい。
右 :オオワラジカイガラムシをひっくり返してみた。あしをバタバタさせるところが意外にかわいい


tanimoto71_5.jpg 深海には、グソクムシがいる。かまぼこにする研究も進んでいるから、そのうち当たり前のように食卓に上るかもしれないが、サングラスをかけたような目を持つヘンなやつだ。ワラジムシは、そのグソクムシにも似ている。
 グソクムシの名前のモデルは、戦国時代のつわものたちが用いた、強固な具足である。身を守る武具だから、かなりの強度がある。つまり、かたい。
 だからグソクムシの命名は素直に、なるほどなあとうなずけるのである。それなのになぜ、われらがワラジムシちゃんにはどうして手堅く、もっとかたそうな名前を付けてやらなかったのか。
 ――といくら声を大にして嘆き叫んでも、どうにもならない。とんでもない毒を吹きつけそうなウヅキドクグモがウヅキコモリグモに大幅改訂されたような例外もあるが、改名は一筋縄ではいかないのだ。だからワラジムシよ、その名に甘んじなされ、と言うしかないではありませぬか。
左 :オオグソクムシは、水の中にいることを抜きにすれば、ワラジムシにそっくりだ。これだけ大きければ食べごたえがある?


tanimoto71_7.jpg 勝手にグソクムシと結びつけるからいけないのだが、ワラジムシにも誇っていいことはある。「ベンジョムシ」と当たり前のようにさげすまれながら、人間の学問には貢献しているのだ。
 交替性転向反応の発見である。簡単にいえば、T字路にぶち当たって左に曲がれば、その次のT字路では右、その次はまた左、次は右......と交互に曲がる習性をいう。
 なんだかユニークな行動パターンだ。試してみるとそうでもないことも多々あるが、それはそれで興味深い。
 さらに面白いことにこの習性は、ゴキブリやゾウリムシにもみられる行動パターンだとか。
 そうか、ゾウリムシもまじっていたか!
 わらじだけでも迷うのだから、ここでぞうりの話まで持ち込んだら、収拾がつかない。まずは偉大なるワラジムシに免じて、勘弁してね。
 ということで、さあ、菜園の片づけをしますかね。
右 :ワラジムシもいろいろ。こんな体色なら、見方もずいぶん変わるよね

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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