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きょうも田畑でムシ話【70】

2019年1月 9日

名は体をあらわさず――ゴミムシ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 「日本の植物学の父」と呼ばれる牧野富太郎博士は愛すべき植物に、時として奇抜な命名をした。記念碑的なムジナモしかり、イヌノフグリ、ワルナスビもまたしかり。なかには、あんまりじゃありませんかと意見したくなるハキダメギクなんていう名前もある。
 でもまあ、虫にだってトゲナシトゲトゲとかムシクソハムシなんてずいぶんな名前があるから、虫も草もどっこいどっこいかな、と思ったりもする。

tanimoto70_1.jpg ハキダメギクからの連想で、ゴミムシが頭に浮かんだ。
 ごみだめにいるような虫だから、それに似合いの名前をいただいた、とゴミムシが思っているかどうかは知らない。
 だが、自分がもらった名前だとしたら、あまりうれしくはない。ゴミムシにちょいと似た感のあるゾウムシにはホウセキゾウムシなんていう文字通りのキラキラネームも実在するから、ほぞをかむゴミムシもまた多かろう。
右 :アオゴミムシ(左)とセアカヒラタゴミムシ


 そんな不名誉を挽回するように、最近のゴミムシの活躍にはめざましいものがある。主として農業分野となるが、害虫退治や雑草防除で先べんをつけたのである。
 虫で虫をやっつける計画でネックになるのは、戦闘要員たる天敵が、害虫から守るべき畑やハウスにとどまるかどうかということだ。いくら優秀な虫でも、人間が望む場所に居ついてくれなければなんにもならない。逃げ出されたら、マズいのである。


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左 :オオアトボシアオゴミムシ。このゴミムシも害虫退治に協力してくれることが確かめられた
右 :アブラムシの団体さん。こんなにいるのだから、困ったときのゴミムシ頼みというのもよくわかるよ


 千葉県立農業大学校は、そこでちょいと考えた。ゴミムシのはねが開かなければ、飛んで逃げることはない、と。
 そのための工夫がまた、ふるっている。瞬間接着剤ではねをくっつけ、ゴミムシのあしが滑るようにベビーパウダーを塗ったあぜ板で囲った畑から抜け出せないようにしてしまったのだ。

 ところがである。敵も去るもの、いや、飛べないゴミムシは敵ではなく農家の味方なのだが、働き場所であり戦場でもある畑から出ていくということはすなわち、職場放棄? それとも、敵前逃亡に当たる? とにかく、逃げ出してしまった。


tanimoto70_6.jpg だけど、戦うべき害虫が怖くて逃げるわけじゃないし、そもそも、人間が勝手に利用しようとしたわけだもんなあ......なんて、どうでもいいことをぼくは思った。
 雨が降る。すると畑の土が跳ね上げられ、畑を囲うあぜ板に泥が跳ねて、板が汚れる。
 ざらついた状態になれば、ゴミムシといえども、登ってみたくなる(たぶん)。
 で、たまたま登ってみたら畑の外に出てしまった――ということではないか。
 なんだかまどろっこしい説明になったが、これはぼくの想像ではなく、研究者に聞いた真実なのである。
 限られた空間の外に何があるのか、いやきっとスバラシイものがあるに違いない、外に出て確かめてみたい......と思うのは、生きとし生けるものに共通の心理ではないか。昆虫心理学では通常、そのように解釈する。
 などというのは真っ赤なウソである。そもそもそんな学問ってあるのかな? ないならこのぼくが始めようと、またまた、脱線してしまった。
右 :よその野菜畑にいたゴミムシ。これも何かの役に立つのだろうか


 ともあれ、農業で利用するためには、働き場所である畑にとどまってもらわねばならない。
 そこで生まれたのが、はねが開かないようにする発想だ。しばらく不自由な思いをさせるけど、時間が経てば自然にはがれるからね、となだめる時間も惜しんで、ささっとはね留め処理をしたのだった。
 このアイデアのすばらしいところは、一時的にはねが開かないようにすることだ。つまり、野菜の栽培中は飛ばないけれど、そのあとは自由になれる、どこにでも飛んでいきなされ、という発想である。
 瞬間接着剤のつけ方にも工夫を凝らした。なにしろ、あのはねである。つるつるだ。だから、ポチョンと垂らしただけでは目的が果たせない。
 そのために用いたのがエタノールだった。接着剤をつけたあと、すぐにスプレーする。虫を扱う人たちの世界では知られた手法らしいが、よくまあ考えたものである。

 とまあ、感心することばかりだが、してその働きはというと、これがなかなかなのだ。
 ハクサイの畑で試したところ、コナガ、ヨトウガなどチョウ目昆虫の幼虫やアブラムシをやっつけてくれた。
 ゴミムシはたいてい、地面にはいつくばるようにして徘徊している。しかしがんばれば、葉っぱに登ることだってできるのだ。だから、ゴミムシは地べたでしか使えないと思ったら大間違い、完全な誤解である。


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左 :コナガの幼虫。小さいけれど、数が多いと被害もデカくなる
右 :ハクサイの試験畑で害虫を退治してくれたセアカヒラタゴミムシ


 ではどんなゴミムシが働き手として有望かというと、この学校ではオオアトボシアオゴミムシ、セアカヒラタゴミムシ、キボシアオゴミムシを挙げる。校内で捕獲しやすいものがこの3種だというから、探せばほかにも有望種がいるかもしれない。
 よその研究機関で聞いた話もすると、肉食性以外にも種子食性といっていいゴミムシ群もいる。
 実験の結果、オオゴモクムシ、ホシボシゴミムシ、ウスアカクロゴモクムシなどの働きが目立ち、地表部の種子を見事に片付けたという。イヌタデ、アキノエノコログサ、イヌビエなどの除去効果が高かった。

 「害虫退治ならともかく、草とりだったら、バッタの仲間にやらせていもいいんじゃない?」
 こんなふうに言う人もいた。もっともな話ではある。だが、そういう虫が雑草だけ食べてくれるなら問題ないが、栽培している作物までかじったら元も子もない。
 ゴミムシのように雑草の種子を食べてくれれば、草は伸びない。元を絶つ作戦だからだ。しかも葉っぱをかじることがなければ、作物が荒らされる心配もない。


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左 :セアカヒラタゴミムシは、ハクサイの株に登って害虫を退治することも確かめられた
右 :クロゴモクムシ。ゴモクムシの仲間は雑草の種子を食べてくれるようだ。それはそれでありがたい


 ただしこの場合も、どうやって畑にとどまらせるかが課題になる。その点、一時的にはねが開かないゴミムシなら問題ないだろう。
 「はね接着法なら、なんとかなりますね」
 根が単純なぼくはそう思い、口にした。しかし、そのための研究をする人たちにはその先の悩みがあった。
 「1匹、2匹なら、簡単ですよ。10匹もまあ、問題ないでしょう。でもね、そんなに少しでは、仕方がないでしょ。畑は広いんですよ」
 そうだった。ネコどころかネズミの額ほどしかないわが菜園でも、害虫・雑草には手を焼いている。
 農家の管理する畑の広さを考えたら、大量生産できないと実際には使いものにならないのだ。その問題解決のためにはまた、別の知恵を働かせないといけない。
 その方法も実はある。だがここで話すと、またまた横道にそれそうだから、またの機会にしよう。


tanimoto70_9.jpg ゴミムシに似て非なるゴミムシダマシというグループがある。かつて一大ブームを巻き起こした「九龍虫」という昆虫がいるが、その正体はというと、キュウリュウゴミムシダマシという虫だった。「龍」の名を持つ虫だから、なにやらスゴいパワーをもたらしそうだ。それをオジサンたちはこぞって、口にした。もちろん、生きたままである。
 「疲れ知らずになるらしいよ」
 「なに言ってんだ。元気になりすぎて、かえって体がもたんらしいぜ」
 いまでいうR18指定のようなものだろうなということを、純真な昆虫少年たちも想像した。
 いやはや、また脱線しそうだ。まずはゴミムシさんに熱いまなざしが注がれているということで終わりにしよう。
右 :わが家の玄関によくやってくるけれど、その目的は知らない

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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