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きょうも田畑でムシ話【61】

2018年4月11日

あこがれはやっぱりサソリ?――シリアゲムシ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 「コイツ、イッタイ、ナンナノダ?」

tanimoto61_10.jpg そんなふうに思う虫は、いろいろある。虫屋と呼ばれる人たちは知識も経験も豊富だからオドロキも少ないのだろうが、ぼくのようなプチ生物研究家にはびっくり虫が実に多い。だからまあ、飽きもせず、虫をながめてはムシシならぬウシシと喜んでいられるのだが。


 シリアゲムシも、初めて見たときには「?」と「!」が頭にいっぱい、あらわれた。
 セキレイは長い尾を上下に振る動作から、あろうことか神さまであるイザナギ&イザナミに子づくり指南をした鳥として知られる。
 それで付いたあだ名が「シリフリ鳥」、もしくは「石たたき」、「嫁ぎ教え鳥」。そのセキレイでさえ仰天するのではないかと思われる、しっぽに注目の奇虫がシリアゲムシなのである。
右 :ニレクワガタハバチの繭にくちを差し込むプライヤシリアゲ


 図鑑などによると、シリアゲムシ目に属する完全変態の虫だ。その何よりの特徴が、ぐいっとそり返ったしっぽであり、それにより「スコーピオンフライ」という英名をたまわった。
 スコーピオンというのはいうまでもなくサソリのことで、その英名を日本語に変換すると、「サソリバエ」となる。
 むむむ、ハエですと?
 そう思ったら、おそらくは素直な御仁であろう。そして同時に、「この虫のどこがハエに見えるのか?」と頭を悩ませるにちがいない。
 もっともである。

 同様のことばの変換に、タヌキがある。
 英語圏では「ラクーン・ドッグ」と呼ぶようだが、これを日本語にすると「アライグマ犬」となる。タヌキが日本固有種であるという事情があってのことだから、タヌキがおらん国が自国で理解できることばにするのは致し方あるまい、と納得してしまう。


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左 :本家本元のサソリ。だけど、こうして標本にされると、ザリガニと変わらない......よね
右 :ヤマトシリアゲのオス 。曲がったしっぽだけを見れば、なるほどサソリだ


 だが、とここでちょっと力を入れて言いたくなるのはやはり、「サソリバエ」という表現だ。せっかくサソリを持ち出したのに、なんだか尻すぼみの感がある。サソリの名を使うなら、せめて「サソリ虫」ぐらいにとどめてほしかった。ともかく、ハエの仲間ではないので、その点だけはおぼえておいてほしい。
 とまあ、まずは愚痴っておいて、その姿をもう一度、見る。
 やっぱり、おかしい。
 ガガンボみたいなはねに、とんがったくち。そして、サソリ形のしっぽ。
 いやはや、どうにもちぐはぐな印象がぬぐえない。からだを構成するパーツのバランスがとれていないのだ。


tanimoto61_4.jpg はたと思いついたのが、ヘビトンボやカマキリモドキやシャチホコガの幼虫たちである。いわば、アレとコレを合体させたような虫である。
 ヘビトンボはまだいい。ニンゲンを含む多くの生き物から一目置かれるヘビを冠するからだ。それにトンボの英名は「ドラゴンフライ」であり、あのドラゴンの名をもらったことで、「フライ」感が薄まる。なにしろ、ドラゴンのインパクトが大きいからだ。
右 :ヘビトンボは「ヘビ」の名を冠するだけあって、ちょっとした貫禄がある


 カマキリモドキは、ちょっと気の毒な気がする。「もどき」だなんて、失礼だ。名前を使われたカマキリだって、気分を害するかもしれない。
 シャチホコガの幼虫にいたってはもはや、エイリアンである。地球生物ばなれした体つきをしており、自分でも「ナンデ、コウナッタノダ?」なんて首をひねる時期があったにちがいない。幸いなことに羽化して成虫になると、なんとも地味な特色のない蛾になる。せめてもの、なぐさめだ。
 ヘビトンボたちはまだ、愛きょうがある。しかしシリアゲムシに、それは感じない。シリアゲムシたる、あの「シリ」がよくないのだ。「ワシに近づくやつは、だれも許さへんで」と攻撃する気満々のポーズをとるからだ。


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左 :どことなくひょうきんなカマキリモドキ。これなら友達になってもいいかも
右 :シャチホコガの幼虫はまるで、エイリアンだ。造物主の遊び心は評価するが、当事者の気持ちはどうなのだろうね


 念のため、これまでに撮った写真を見たところ、くるりんと曲げたようなものが多かった。インターネットをのぞき見しても、同様だ。
 「まあまあ、穏やかに。そんなにいきり立たんでもええがな」
 と声をかけてやりたいところだが、それ以前にあのしっぽ、どれだけ役に立つのか? 武器になるのか? 尾曲がりネコは幸運を招くらしいが、サソリモドキもそれをまねて福を呼ぼうとしているのか?
 素人にはさっぱり、わからぬ。わかるのは交尾の際、オスがメスにプレゼントを渡す種がいるということだ。贈り物にするえさをまず確保し、その場でフェロモンを漂わせてメスを誘うらしい。
 とはいっても、その時しっぽを使うわけでなく、ものをいうのは長いくちなのである。むかし見たSF映画にあんな宇宙人が出てきたが、実際に存在したらちょっとおそろしい長さではある。馬ヅラを売り物にする馬だって、いささか驚くにちがいない。


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左 :馬ヅラさえもかすむシリアゲムシの顔。長すぎる!
右 :ただいま静かに、お食事中。「本日のメニューはケムシの刺し身となっておりまーす! 」なんてね


 日本には40種を超すシリアゲムシがいるが、よく見るのはヤマトシリアゲだろう。
 このシリアゲムシは春から夏にかけて出現するものと、夏の盛りに出てくるものがいる。最初に現れる1化成虫は黒っぽく、2化成虫はべっこうあめのような色合いだ。そのためかつては、遅い方を「ベッコウシリアゲ」という別種として扱っていたが、それが同じ種の季節型だとわかったことで、いまは同じ「ヤマトシリアゲ」としている。
 こんなヘンテコ虫でも、きちんと調べる人たちがいることには感心する。頭が下がる。そのおかげで、ぼくたちのような素人も、たまに出会うシリアゲムシを観察する際の参考にさせていただけるからだ。


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左 :べっこう色をしたヤマトシリアゲ。ベッコウシリアゲと呼びたい気持ちはよくわかる
右 :メスのしっぽはほとんど曲がらない。それでも長い顔から、シリアゲムシだとすぐにわかる


 それにしても、あの曲がったしっぽ、なんとかならんのかなあ。サソリをまねてばかりいるのも疲れるのではないか、と思っていたら、なんとまあ、まっすぐなままの素直なシリアゲちゃんもいるではありませんか。
 なーんて言っていいのかどうか。
 その素直ちゃんは、メスなのだ。
 「あらま、わたくしだって曲げられますわ」
 とばかりに、ちょいとそらせることはある。だが、どう頑張ってもオスほどには曲がらない。だからメスを見ると、ガガンボが思い浮かぶのだ。

 ガガンボにはガガンボモドキとかニセガガンボなんていうのも存在する。だったら、「シリアゲムシモドキ」とか「ニセシリアゲ」なんていうのもあるのだろうか。
 その疑問はもっともだ。そしてこれまた驚くことに、シリアゲモドキという科も存在しているのだと知った。「ニセ」の方は見つからなかった。
 シリアゲムシはまさに、オドロキの虫である。
 

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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