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きょうも田畑でムシ話【57】

2017年12月12日

なんとはなしの強烈個性――ナメクジ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 「コレって、もしかしたらアレじゃない?」
 歳とともに固有名詞が遠のくのはまあ、仕方がない。しかし、問題はそう言って家人が差し出したコーヒーの空き瓶だ。その中には、枯れ葉が1枚入っていた。
 目の前に引き寄せてながむれば......枯れ葉の陰に隠れるようにして張りつくものがある。なるほどなるほど、見せたかったのはアレだったのか。
 ナメクジである。
 しかし、そんじょそこらにいる駄モノではない。「ヒョウ柄ナメクジ」の俗称でじわじわと勢力を強めているマダラコウラナメクジによく似ている。


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左 :呼吸孔を開けたマダラコウラナメクジ。その穴が目玉に見えてしかたがない
右 :友情出演したドジョウ。この横顔、呼吸孔を開けたナメクジに、どことなく似てない?


 ナメクジをペットにする人がいないわけではないが、かなりの少数派だろう。なぜなら、この地球にある物体ならいかなるモノにでもべちょっと張り付く、くたくたくにゃくにゃにした軟体動物であるかのようなイメージが定着しているからである。
 と、思われがちだ。
 そしてしかもそのことを、多くの人が実際に体験している。植木鉢を持ち上げたときに遭遇する、ぬめっとした、いやーな感じ。それこそが、かなり高い確率でナメクジの感触だ。


 わが菜園にはなぜだか、ナメクジが多い。水替えのためにメダカを飼う水槽を持ち上げれば、その下には必ず数匹、たむろしている。植木鉢、プランターの下もまたしかり。ナメクジ多発地帯に住まいを構えてしまったのかと、しおしおとなる。
 寒さがくるとぼくは庭に、簡易ビニールハウスをこしらえる。だがそれは野菜を育てるというより、ナメクジさんの無料宿泊所にするための作業ではないかと思えてならない。
 それなのに彼らは、恩知らずもはなはだしい行為に及ぶのだ。ビニールに付いた水滴を遊び道具にして絵や地図を描き、ようやく伸びたコマツナやレタスの葉っぱをわしゃわしゃ、もしゃもしゃとかじりまくる。
 油断もすきもないということわざを思い出させてくれるのはありがたいが、どうせ、あまり良い場面では使わない。結局のところ、あまり居着いてほしくない生き物なのである。


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左 :ナメクジの這った痕。体の模様に負けないくらい、不思議な模様の痕跡だ
右 :研究用に捕獲したマダラコウラナメクジを見せてもらった。なるほど立派なヒョウ柄である


 秋から冬にかけての寒い時期こそ、彼らの恋の季節なのだという。
 だからといって、ニンゲンの恋を連想するのはよろしくない。ご苦労にも重い殻を背負うカタツムリと同じ雌雄同体の生き物だから、ソノときにはどれもがオスの役目とメスの働きという〝ひと虫ふた役〟を演じなければならない。
 「......というわけだから、ニンゲン目線はやめた方がいいよ」と親切に教えてくださる人もいる。つまり、ことほどさように、ナメクジは嫌われキャラであるのだ。


 そこに、ヒョウ柄ナメクジが登場した。国内に入ったのは2000年前後とみられるが、はっきりしたデータはない。ヒョウ柄好きが多い大阪のオバちゃんたちがペットにしていたのが逃げ出して大量繁殖した、などという噂はまったくないが、体表を覆うそのデザインにはなぜか心を奪われる。
 舶来モノと言えば聞こえはいいが、昨今問題視されている外来種だ。しかし、まだどこにでもいるというわけではないところに引かれる人も少なくない。
 とはいえ、ナメクジ並みにネバっこく迫るのはよろしくない。やっぱり、この地にいてはならない無許可無認可侵入の輩なのである。だからして、騒ぎたてるのはできるだけ、慎みたい。
 そんな気持ちもあって、まずは本当にマダラコウラナメクジなのかを確かめるべきだと思い至った。


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左 :こちら、今回の事件の主役ナメクジ。まだら模様が疑惑を招いちゃったんだよね
右 :捜査の手が伸び、すこしでも目立たぬように......と思ったのか、体を思いきり縮めてしまった


 「あのう、ヒョウ柄っぼいナメクジを見つけたんですけど......」
 気がついたときには、ナメクジ先生に電話をかけていた。もちろん、ナメクジの先生ではなく、このマダラコウラナメクジを研究する大学の先生である。
 パシャパシャと撮った写真を数枚、メールで送信。すぐさま、とりあえずの返事がもらえた。
 「うーん、もしかしたら、ちがうかも。チャコウラナメクジにも時々、こんな模様のものがいるんですよね」
 「えっ。えええー」
 と、ぼく。
 「大きさはどれくらいですか?」
 10cmぐらいまでなら、瞬時にわかる。だか、ややこしく面倒なことに、ナメクジは動く。伸びる。縮む。生きている以上、それはまったく当たり前の行動なのだが、すこしは計測する側の身にもなってほしい。
 ともあれ、まずはざっと見て、「3cmぐらい」と答えた。
 「まだ子どもみたいですね。もうすこし育ってからでないと判別できないかも......」
 ということで、専門家による鑑定のため、マダラコウラナメクジもどきのようなナメクジさんは旅立った。しばらくは成長を見守ることになるのだろう。


 多発地帯のわが家でよく見るのは、チャコウラナメクジだ。典型的なチャコウラナメクジには、うなじから背中にかけてよく目立つ縦じまが入る。
 これもれっきとした外来種で、いつから日本にいるのか知らないが、いまでは自分たちこそこの地の代表種であるかのような態度でうごめいている。欲しいという人がいればいくらでも提供できる普通種だ。
 この冬も、庭に置いた板きれの裏側で卵を見つけた。せっかくだから写真を撮ってはみたが、しぼんでいて、あまり美しくない。本来のナメクジの卵は透明感があって、みずみずしいものである。


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左 :これがぼくのイメージする典型的なチャコウラナメクジ。背中の2本線をいつも、目印にしている
右 :菜園にあった板切れで見つけたナメクジの卵。真ん中がペコンとへこんでいた


 日本在来種で出会う確率の高いのはヤマナメクジだが、ぼくのご近所ではまず見ない。だからどこかに出かけて目にすると、うれしくなって写真を撮る。
 少し前には、きのこを探しに出かけた落ち葉の下にいたのを撮影した。大きい。太い。どっしり感がある。そんな印象からか、ナメクジの中ではいちばん安心して見られる。


 それにしても、と思うのは、わが菜園にナメクジがいなければなあ、ということである。よく効くと評判の薬剤を教えてもらったが、化学製剤は使いたくない。とすればビールか、砂糖水か。迷うところである。
 しかし、ナメクジも貝の仲間だということを思い出せば、「そうか、なにかの都合で貝殻を落っことしたのだな」なんて考えも頭に浮かび、いくらかほっとする。つかみどころのないくにゃくにゃ生物よりも、かたい生き物の方が安心できるのは、多くの人の感覚のようだ。


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左 :国産トリュフを探しに出かけたときに見つけたヤマナメクジ。これくらい大きいと、いっそのこと安心して接することができる
右 :チャコウラナメクジ「おまえさん、なんでいつまでも重い殻を背負ってんだ?」/カタツムリ「裸で出歩くなんて、はしたないわ。それに、この透けるような白い肌も保てないでしょ」/ナメクジ「............」


 鉄道のことはほとんど知らないが、「デゴイチ」の愛称で知られる蒸気機関車D51形ぐらいは耳にする。1000両を超す製造数を誇り、初期のものはボイラーの上のドーム形の部分が長いため「ナメクジ」の呼び名があったという。
 これなら、カタい。筋金入りのカチンカチンだ。22号機と23号機はその部分がとくに長く、「大ナメクジ」とまで呼ばれたとか。


tanimoto57_13.jpg ところで――。
 わが家のナメクジ事件には、後日談がある。というか、鑑定結果が出た。
 ナメクジ先生いわく、「どうやら、チャコウラナメクジに近い亜種のようですね。成熟個体の......」。
 なんとまあ、すでに大人であったのだ。しかも、ヒョウ柄と判定されることもなく。
 ちいとばかしがっかりしたが、まあ、いい。すでに外来種のチャコウラナメクジがいるのだから、ここでまた新たなマダラコウラナメクジをわがリストに加えることはないわい。
 どこかヘンな、なんとも悔しい気分ではあるが、冷静に考えればホッとすべきなのであろうなあ。
 かくして、この冬の大事件は一応、解決をみたのである。
右 :幼いマダラコウラナメクジ。この程度のまだら模様なら、わが家にしばしとどまったチャコウラナメクジの方がよっぽど、マダラコウラナメクジらしかった

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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