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2017年7月11日
いのちのカプセル七変化――虫の卵
庭の一部が菜園になったことで、いいことがひとつある。虫との出会いが大幅に増えたことだ。
なかでも優秀な作物(と言っていいのかどうか)は、アブラナ科に属する小松菜や水菜、ブロッコリーなどであろう。彼らは飽きもせず、次から次へと新参者を呼び込んでくれる。
多くは、「害虫」と呼ばれるものだ。アブラムシにはじまり、ナガメ、モンシロチョウ、カブラハバチ、コナガ、テントウムシと、なかなかの役者をそろえてくれる。しかもタダで招くのではなく、ちゃんと身銭を切って招じ入れるのだから、恐れ入る。
アブラムシを呼んだらいったい、どれだけの出費になるか。モンシロチョウなんぞが居すわったら、どれだけ持ち出すことになるのか。
なーんてことはもちろん、これっぽっちも考えてはいまい。招いたのではなく言い寄られたのかもしれないが、これ以上の詮索はよそう。
大地主であるぼくはタダで、その居そうろうぶりを見せてもらう。痛いのは野菜たちであり、ぼくは蚊に刺されるくらいの痛さしか感じない。しかし蚊たちは情け容赦なく刺し続けるので、痛いというのかかゆいというのか、観察するぼくのダメージも小さくはない。
アブラムシやナガメは針のようなくちで、汁を吸う。モンシロチョウやカブラハバチの幼虫は、まさに傍若無人のふるまいで葉を食べまくる。カブラハバチは「ナノクロムシ」の異名を持つように、黒いだけで見栄えがしない。というか、個人的には気持ちが悪い。
それはともかく、そんなにかじったら自分たちの食料もすぐに底をつくのではないかと心配になるのだが、うまくしたもので完全に滅び枯れる寸前で成虫となり、どこぞへ飛んでいくか、卵を産んで、生き残った野菜が再生する時間をかせぐ。
いやはや、なんとまあ、たくみなことか。そんな役者たちが姿を消したら、ぼくは仕方がないから卵ウオッチングに切り替える。
とくに実名を挙げた中で卵を見せてくれる役者の筆頭は、ナガメだろう。そしてぼくは、かなしいことに、その卵のデザインが嫌いではない。
たるというのか太鼓というのか、濃い茶色と白っぽい感じに色分けした容器の側面に丸印を付けて自分たちのものであると宣言し、子どもたちが出口を間違えないための配慮なのか、ふたの部分にもやっぱり、丸い印を付ける。シックな色合いながら、ほかのだれのものでもないことがよくわかるカプセルだ。汁を吸い吸い、卵に付ける丸の位置をイメージトレーニングしているのかもしれないなあ、などと思ってしまう。
左 :ナガメの卵。よーくながめてください、なんて言うのは程度の低いオヤジギャグだよね
右 :ナガメの成虫。プロレスラーの覆面のような模様だ
それに比べると、モンシロチョウの卵は芸がない。つやつやして美しいものの、いまひとつ特徴がないのだ。それならいっそのこと、テントウムシのようにつるんとした表面であれば産みやすかろうと思うのだが、そこはそれ、いやそれこそが抜群の知名度を誇るモンシロチョウの意地の見せどころのようで、縦・横に細いすじを入れ込み、シンプルな形状の中にも他者との違いを浮き立たせる。
左 :モンシロチョウの卵。かろうじて目立たないデザインを施した感じ、かな
右 :テントウムシの卵
わが菜園には若干のかんきつ類やハーブ類も植わっている。そこに卵を産むのは、アゲハチョウの仲間たちだ。
ナミアゲハを筆頭に、クロアゲハ、キアゲハ、モンキアゲハ、ナガサキアゲハなどがふらりふわふわとやってくるが、実際に卵を披露する常連といえば、ナミアゲハとキアゲハである。
彼女たちの産み落とす卵はそっけない。丸いだけである。
いやいや、つやがあって、クリーム色をしていて、美しい球体を形づくっているという点では非の打ちどころがない。
でも、卵ウオッチャーを楽しませる工夫は足りないよね。
「たかが、卵ですよ。無事に赤ちゃんが生まれれば、形なんてどうでもいいでしょ」
口がきけたら、こんなふうにでも言うのかなあ。
それに引き換え、カロチノイドを含む毒草・ウマノスズクサに産みつけるジャコウアゲハの卵は、「なんじゃ、これは?!」といささかの驚きをもたらしてくれる。それが見たくて採ってきた苗がいまでは菜園のあちこちに根を下ろし、シーズンともなれば妊婦さんがにぎやかに集まる。まるで蝶の産院だ。
その色はなるほど毒々しいオレンジであり、粘着性のある表面を覆うのはアリストロキア酸という、これまた毒性のある物質だという。
天敵生物がそれをどう見るのか知らない。人間であるぼくが見る限り、くせものである。でもそれがあやしい魅力になっているのだから、虫の世界をのぞく人の感覚なんて当てにならない。
わが菜園には、いつのまにか生えてきたエノキがある。そこに卵を産むアカボシゴマダラが、急に増えてきた。
どんな形だろうと見てみれば、これまたびっくり、外来種ながら、なかなかに美しい卵をお産みになる。同じエノキを食樹とするオオムラサキの卵を見せてもらったことがあるが、それによく似ている。
エノキを食べて育つから同じような形になるのか。それとも同じような卵を産み、似たような幼虫時代を送るからなのか、ぼくにはわからない。
ひとつだけ言えるのは、どちらの卵もなかなか気品あふれるものであるということだ。一応は「国蝶」であるオオムラサキに敬意を表していえば、その卵は繊細な装飾をほどこしたガラス細工のような作品に仕上がっている。
左 :あやしいオレンジ色で、見るからに毒々しいジャコウアゲハの卵。でもこれも、かわいい赤ちゃんのためなんだよね
右 :アカボシゴマダラの卵
カマキリもしばしば、家のまわりに卵を産む。最近多くなったのは、ハラビロカマキリのものだ。底を見せたボートのような形で、寸詰まりなところがオオカマキリの泡状のものより格上に見える。
だが、だれが見ても、カマキリの卵は面白みに欠ける。
「もっと気のきいた卵を産む虫は、わが菜園におらぬのか!?」
戦国武将の本を何冊か読んでいる最中であることも手伝って、脳裏に浮かんだのがこのせりふだった。
思い描くだけでは何も起きないので、雨が降るごとに勢いを増す雑草をぷちりぶちりと引っこ抜き、刈り込みながら、卵を探した。
と、あったではないの! なんとも美しい模様の、しかも派手さを抑えたモスグリーンとでも言うべき色合いの卵が数粒、見つかった。
まさに、足元で見つけた宝石だ。淡いみどりを基調にした卵の表面には、乙女の恥じらいを感じさせる渦模様が浮かんでいる。
「このまま宝石箱におさめたいような卵だなあ」
うっとりしてその卵を採り、100円ショップで買ってきたお気に入りの容器に入れた。
右 :タケカレハの卵はなかなかのおしゃれなデザイン。でも、この中から出てくるお子さんにはかかわらない方がいいでしょうね
それにしても、こんなにもすてきな卵を産み落とされた虫さんはどなたでありましょうや。
そんな気分で手元の図鑑をぱらり、ぺらぺら。
そして――。
「ええ、えーっ?!」
大好きなおばあさんだとばかり思っていたら、顔を見せたのは世にも恐ろしいオオカミだった、という衝撃を受けたときの赤ずきんちゃんの気持ちになって声を上げた。とりあえずは、心の中の声であったことだけが幸いだ。
その乙女チックな卵の生みの親は、タケカレハというカレハガの一種だったのである。その名の通り、成虫は枯れ葉に似る。
「なんだ、それだけ? 地味な蛾なんだね」
というところで興味を失ったあなた、その幼虫に出会ったら、細心の注意を払ってくださいよ。繭だって、気を抜いてはいけませんぞ。
茶色のなんの変哲もない、個性のかけらも持ち合わせないような毛虫の頭とおしりのあたりには、毒針毛が生えているのだ。
繭もやっぱり見事な地味系で、そこにほんの少しばかり斑点のようなデザインをほどこしている。
ところがその黒っぽい部分には幼虫時代の名残ともいえる毒針毛が埋め込んであるという。
成虫になると毒気はうせる。卵にも毒はない。ただ、卵からかえった幼虫には毒があるのだから、宝石箱にしまうのはやめた方がいい。
左 :地味系の毛虫。タケカレハの幼虫には手を触れないで!
右 :タケカレハの繭。点状の黒い部分が毒針毛だ
思い起こせば、家のかべに似たような卵を見つけたことがある。それを産んでいる最中のカレハガも見た。そしてそのあとに残った卵も、タケカレハと同じように魅力的なデザインだった。
図鑑を開いた。そこには、こんなことが書いてあった。
「オビカレハを除き、カレハガ科の蛾は幼虫時代に毒針毛を持っている」
――ファッションセンスの素晴らしさに見とれていると、とんでもない事態に巻き込まれますぞ!
そんな教訓だ。それがどこで生かせるか、ぼくにはちょっと自信がない。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。