農業のポータルサイト みんなの農業広場

MENU

きょうも田畑でムシ話【51】

2017年6月12日

虫が好かない虫の王――ヘビ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 「虫」という漢字は、ヘビがもとになってできたらしい。
 そう言うと、なるほどなあ、とうなずく人が多い。鎌首をもたげたような戦闘のポーズを連想させて、ちょっぴりカッコいい。ヘビの中でもマムシをかたどったものだという説もあるが、見ようによっては何かを気にして顔を上げた青虫のような形もしていて、そう見立てれば愛きょうのある文字に変身する。
「いやいや、ヘビはヘビでも猛毒をしこたまたくわえたコブラのイメージだぜ」とみる人もいる。仮にそんなものが「虫」文字のご先祖さまだとしたら、虫たちとの付き合い方も、ちょいと考え直さねばなるまい。


 ヘビはどうにも苦手だ。どちらかといえば怖い。昆虫は大好きなのにあしが2本だけ多いクモは苦手という友人がいるが、それに比べればまだ、ヘビが怖いという方が体裁はいい。なんだかスゴそうな、ひと癖もふた癖もある輩を相手にするような印象があるからだ。
 でもまあ、よくよく考えてみれば、ぼくはイモムシもケムシも好きじゃない。だからその延長にヘビがあったとしても、おかしくはない。


tanimoto51_9.jpg  tanimoto51_2.jpg
左 :体を隠してこちらの様子をうかがうヘビ。ヘビににらまれたカエルというのもうなずける
右 :水が入ったばかりの田んぼで泳ぐシマヘビ。ヘビは長い。だから、「長虫」の異称もある


 ヘビは俗に、「長虫」とも呼ばれる。体の長い虫という、そのまんまの意味である。
 その長虫が入ったガラス瓶は、何度も何度も見てきた。ふるさとの名古屋市に納屋橋というところがあり、その橋のたもとにヘビ屋さんがあったからだ。子どものころの記憶なのではっきりしないが、おそらくは薬用として扱っていたもので、生きたまま展示することで客寄せにもなっていたのだろう。怖いもの見たさで、そのあたりに出かけると必ずのぞいたものである。

 瓶に入ったヘビの思い出は、これまた幾度も目にしている沖縄のハブへとつながり、ハブは怖い→ハブはヘビである→だからヘビはやっぱりオソロシイ、といった回路が頭の中にすっかりできあがっている。そのくせ沖縄に行けばわざわざそうした店をのぞくのは少年時代と変わらないし、はねの先端にハブを思わせる意匠を備えたヨナクニサンにも心ひかれる。まさに怖いもの見たさ、そのものである。


tanimoto51_4.jpg  tanimoto51_3.jpg
左 :ハブ酒。ハブではないが、子どものころは生きたものをヘビ屋さんでよく見かけた
右 :世界最大級の蛾・ヨナクニサン。はねの先端部にはハブのような顔が見える


 暇さえあれば出かける田んぼでは、いまも時々、ヘビに遭遇する。あぜ道にぬっと姿を現してぼくを驚かせることがあれば、でろんと横たわり、すでにこと切れていることもある。

 見つけたらどうするか。カメラがあれば、その生死にかかわらずシャッターを切らせてもらう。
 田んぼといっても、農薬の使用を控えているようなところで出会うことが多い。カエルが多く、アマガエルやシュレーゲルアオガエルが大音響で合唱しているようなところが、ヘビどんにとっても過ごしやすい場所なのだろう。
 思わず「ヘビどん」などと書いてしまったが、農業とヘビの結びつきは強い。まちがってもヘビの丼物という意味ではないので、誤解しないでほしい。ついでに言えば、同じ長虫系の生きものであるウナギは大好物だ。うな丼なら毎日食べても飽きない。


tanimoto51_1.jpg  tanimoto51_5.jpg
左 :田んぼで見かけたヒバカリ。ヘビの中ではかわいらしい方だ
右 :タニシには「つぼどん」の愛称もある。だったらヘビを「ヘビどん」と呼んでもいいかもね


 それはともかく、タニシを「つぼどん」と呼ぶ地域は多かった。それならヘビも、それにならっていいのではないか。
 古くは縄文時代の遺跡から、ヘビの骨が入った土器が見つかっている。
 その土器は液体を入れるためのものだったそうだから、もしかしたら現代人と同じように、マムシ酒やらヘビ酒やらをつくっていたかもしれない。あるいは、苦労して収穫した穀物を盗み食いするネズミをやっつけてくれる〝益虫〟と考え、ヘビどんを祭祀に用いたのかもしれないぞ――なーんて想像も働く。まったくの素人考えだが、本当に嫌っているものであれば、わざわざ土器におさめることはしなかったはずである。


 わが家で飼っていた蚕がようやく繭をこしらえたが、ヘビは、日本の産業を支えてきた養蚕と浅からぬ縁がある。
 お蚕さんがカイコガの幼虫時代の呼称であることぐらい、小学生だって知っている。養蚕は衰退の一途にあるが、学校ではいまでも、蚕や養蚕について教える。そして機会があれば飼育体験・糸とり体験などもさせるようだが、ふつうの蛾のイモムシは怖くてさわれない子も、お蚕さんと呼ぶイモムシだけは別物ととらえるようだ。個人的にはそこが解せないが、お蚕さんがネズミのえさにもなったのは事実である。


tanimoto51_6.jpg  tanimoto51_7.jpg
左 :わが家で育てていた蚕。せっかく用意した方形枠よりも、トイレットペーパーの芯の方が気に入ったようである
右 :どちらかといえば、ネズミは嫌われ者だ。お蚕さんにまで手をつけるとなれば、なおさらだろう


 それなら、繭の中でさなぎになればもう安全かというと、そうも言い切れない。さなぎもまた、ネズミたちのごちそうだったのだ。
 そこで農家の人たちは考えた。
「ヘビどんの力を借りたらどうじゃろう。きっと、なんとかしてくれるぞ」
「それがええ。お蚕さまはとにかく、大切にせんとあかんからのう」
 時々やってくるヘビどんは確かに、ネズミをとってくれる。ヘビどんに感謝、感激である。

tanimoto51_8-2.jpg ――というので当然のように神さま扱いすることになり、神社にもヘビどんをまつることになった。群馬県安中市の咲前(さきさき)神社ではヘビのことをちゃーんと「長虫様」と呼ぶ。この神社には神さまのお使いである白ヘビがすんでいて、「白ヘビさまをお貸しください」と拝んで家に帰ると、白ヘビさまがちゃんと現れ、お蚕さまを食害するネズミをやっつけてくれたという。

 昔の家屋にはよく、ヘビが住みついた。だからヘビを目にする機会もあったのだろうが、白ヘビとなると、そうそう居まい。白い繭に白いヘビ。これ以上の組み合わせはない。実際の効果は知らないが、白い姿を見ただけでもう、神さまに手を合わせたことだろう。
右 :白いヘビは珍しい。神さまのお使いと思われるのも理解できる


 このごろはなんでも、役所に問い合わせる風潮がある。スズメバチやハクビシンなどが出現したら、早くなんとかしてもらおうというので電話をする人も多いようである。
 インターネットでたまたま見つけた某市役所のホームページには、「市では駆除や追い払いはしていません」と前置きし、「しばらくすると別の場所に移動するのでそっとしておきましょう」といったことが書いてあった。そして親切にも、それでも追い払いたい場合にはこうしましょうと具体的な対策を記していた。


tanimoto51_11.jpg いわく、大きな音を出す、水をかける、線香をたく、長い棒でつつく......。長い棒でつつくのはご愛きょうだが、この中でぼくが実際に試したことがあるのは、「線香をたく」ということだった。線香をたくのは多くの地域に伝わるヘビ撃退法のようで、仏壇のなかったわが家ではたしか、蚊取り線香をたいた。
 蚊取り線香も実はヘビと縁があり、除虫菊を練り込んだ初期のものは棒状だったという。ところが、蔵の中でとぐろを巻くヘビを見たのがきっかけになって、おなじみのぐるぐる巻きになったといわれる。棒状のものに比べれば、うんと長持ちするからだ。
 だが実は、どうして線香でヘビが追い出せるのか、その理由をぼくは知らない。ちろちろと舌を出してにおいを感じとる生きものではあるが、どうして線香を嫌うのだろう。
左 :何かを食べたあとのヘビ。これを完全に消化するまで、どれくらいかかるのだろう


 学生時代にはツチノコ探しと称して、和歌山県と三重県の県境にある大台ケ原山に出かけたことがある。そのときの知識として仕込んだのが、髪の毛やスルメを燃やすとツチノコが寄ってくるということだった。その真偽は定かでないが、ふつうのヘビも髪の毛の燃えるにおいに引き寄せられるという話を耳にしたことはある。ヘビには、そうしたホントとも迷信ともつかぬことを信じこませる妖しげな能力があるようである。
 などと言うのは、科学的ではない。それでもヘビは、やっぱり不思議、どうにも一筋縄ではいかない存在のようである。


tanimoto51_10.jpg このあたりで筆を置こうとしたのだが、そういえば、と思い出したものがある。
 ヘビイチゴだ。ヘビイチゴには毒があるということを子どものころ聞かされたが、もちろんデマである。
 ところが最近は、漢方として重宝されている、果実酒にするといろんな効果が期待できる、などと宣伝されたりする。それで苗を扱う業者もあるのだから、ちょっとびっくりだ。
 もしかしたら、わが家の庭に生えているヘビイチゴも商品になるかも。そうなれば弁財天のお使いであるヘビの面目躍如ということになるのだが、いまのところわが家に、ヘビイチゴを譲ってほしいと訪ねてきた人はいない。
右 :毒があると思っている人も多いヘビイチゴだが、漢方では注目されているようだ

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

「2017年06月」に戻る

ソーシャルメディア