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きょうも田畑でムシ話【43】

2016年10月 7日

驚きの渡りチョウ――アサギマダラ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 虫はその特徴により、さまざまなグループに分類される。時代が変われば所属する科が変更になることもあるが、まあ、どこかに入ることはまちがいない。虫好きも同様で、チョウ屋、トンボ屋、カミキリ屋などと分けて呼ばれることが多い。
 ぼくは多分、どれにも当てはまらない。虫は好きだが、植物も好き、鳥も獣も好きと節操がない。言い換えると、どれもこれも中途半端。だから、いつまでたっても「プチ」にとどまる。でもまあ、それが自分にはいちばん合っている。


 わが菜園の片隅に、ヒヨドリバナが数株植わっている。ヤーコンやインゲン、トマト、ピーマンなどに埋もれがちだが、季節は忘れずに花を運んでくれた。茎のてっぺんに、細かくて白い花がちゃんと咲いた。
 秋の七草のひとつによく知られたフジバカマがあるが、あの藤色の花を白くしたようなのがヒヨドリバナだ。分類上はどちらもキク科ヒヨドリバナ属。つまり、同類ということになる。ヒヨドリバナを植えたのは昨年だが、開花はことしが初めてだ。
 ヒヨドリバナの名前がどこからきたのか気になって調べてみると、ヒヨドリが鳴くころに咲くからだというのが通説だった。


tanimoto43_1.jpg なるほど。......と、素直にはうなずけない。ぼくが子どものころ、ヒヨドリはあまりに目にしなかった。街なかで育ったこともあるが、そのころはまだ、10月ごろ渡ってきて、4月には去っていく鳥だったからだ。
 ところが最近は、一年を通じて身近にいる「留鳥」となっている。ヒーヨ・ヒーヨーという声を耳にする機会が実に多い。だからヒヨドリが鳴くころ咲く花と言われても、どうにもピンとこないのである。
右 :いまでは一年中見かけるようになったヒヨドリ


 それはともかく、花が咲けば虫が集まる。何が訪れるかは虫次第、来てのお楽しみとなるが、ヒヨドリバナでひそかにねらうのはアサギマダラだ。この花の蜜を吸いにくるのはほとんどオスだという。蜜を吸ったオスの体内には毒性物質が蓄積され、鳥などの天敵から身を守ることができるという。それと同時に、性フェロモンを分泌するための生成物質も得ているそうだ。

 これらはまったくの受け売り情報だが、自然界では人間の想像もしないようなことがよく起きるから、へえ、そうなのかと素直に納得している。
 「だから、おいで、アサちゃん!」
 などと猫なで声で誘っても、はいそうですか、とやってくるものではない。
 わが菜園に限らなければ、アサギマダラは何度も見ている。それでもまだ見たい。いや、わが家で目にすることができたら、どんなにすばらしいことか! そこでぜひとも招待しようともくろみ、そのためにヒヨドリバナの小さな苗を植えたという次第である。


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左 :アサギマダラを迎えないまま盛りを過ぎたわが菜園の隅のヒヨドリバナ
右 :集まるアサギマダラの多くはオスだ。後ろばねに性斑が見える


 動植物の名前は片仮名で書くようにしているが、いくつかはその禁を破りたくなる。アサギマダラもそのひとつだ。せっかくの美しい文字があるのに、使わぬ手はない。漢字で書けば、「浅葱斑」となる。
 ヒヨドリバナの名前の由来とちがって、アサギマダラが浅葱色にちなんだものだということはスットントーンと腑に落ちる。薄い藍色、と表現される色合いだ。よく似た「浅黄色」というものもあるが、そちらは薄い黄色であって、アサギマダラの連想にはつながらない。


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左 :はねに情報が書き込まれたアサギマダラ
右 :沖縄に出かけるとよく目にするリュウキュウアサギマダラ。アサギマダラとはまた違った趣がある


 半透明のはねを浅葱色の刷毛でなぞれば、アサギマダラのはね色になる。前ばねにはそれを縁取りするような黒い翅脈が走り、後ろばねにはえんじ色が加わって、より高貴な雰囲気をかもしだす。
 「言ってみれば、お公家さん?」
 そうかもしれない。だが、仮にそう思ったら、早めに改めた方がいいだろう。意に反してアサギマダラは、なかなかどうして、たくましいチョウなのである。巷では「渡りをするチョウ」として通っている。


tanimoto43_8.jpg 生物界で「渡る」といえば、渡り鳥の専売特許であろう。しばらくしたら、カモだ、ガンだ、ハクチョウだ、冬鳥がやってきたと騒ぎだすのが世の常だ。季節がちがえば、同じように夏鳥を話題にする。
右 :「渡り」といえば鳥の専売特許。ハクチョウやカモでごった返す沼


 その点チョウは、気の毒である。キアゲハやサカハチチョウ、キタテハなどは季節によってはねのデザインを変えるが、それらはむしろ例外だろう。ましてや鳥のように大海原をまたぐようにして飛んでいくチョウの姿は、なかなか想像できない。

 わがアサギマダラは、そんな人間の常識をも軽々と飛び越えてしまう。なんと2000kmもの長い距離を、かよわい(ように見える)4枚のはねで飛翔するのだ。これを快挙と言わずして、なんとしよう。彼らは快適に過ごせる土地を求めて、南から北へ、そして北から南へと大旅行をするのである。
 セセリチョウのようなせかせかした飛び方では見ている方も落ち着かないが、アサギマダラはゆったり、ふわふわ、実に優雅な飛翔を見せる。


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季節によってはねのデザインを変えるキアゲハ(左)とサカハチチョウ(右)


 「しかし、ホントかねえ。まさか一緒に空を飛んだわけでもあるまいし......」などと、疑い深い人もいるにはいる。そんな声に応えるためではないが、それを確かめるための地道な調査が続けられている。
 いったいどんな手法か。それは地味ながら簡単、とはいえ、とてもとても大変なやり方が採用されている。
 捕虫網を片手に、アサギマダラをネットインする。そしてサインペンで、捕獲場所や年月日などを記すのだ。しかるのち、やさしく空に解き放つ。

 こうしてマーキングされたアサギマダラが再びどこかで捕まれば、そのサイン文字がものをいう。いつ、どこで放したものかわかれば、それまでの飛距離が割り出せる。
 その調査に参加したいと思っても、肝心のアサギマダラがゲットできなければ始まらない。そんな人のために役立つのが、タオルぶんぶん回し法だ。蚊をよけるために振り回したタオルにアサギマダラが近づいてきたことから、この手があると気づいた人がいたらしい。
 手にしていたのが「捕虫網」だったから「ネット」でどんどん広がった、などというオチがあるわけではないが、かなり有効な方法らしい。一度は試してみてもいいだろう。


 「鷹の渡り」は秋の季語にもなるほど有名だから、知っている人も多い。愛知県は渥美半島の先端にある伊良湖岬には、サシバやハチクマを中心とするタカの仲間が多数立ち寄る名所としてつとに有名だ。そうした中継地が、アサギマダラにもいくつかあるとされている。
 それはそうだろう。根性がいくらあっても、あの薄いはねで飛び続けるのはつらかろう。長旅なのだから、休み休み、行ってほしい。
 伊良湖岬は、サシバやタカだけでなく、アサギマダラも観察できる中継地のひとつだ。アサギマダラの立場で考えると避けたい鳥たちだが、そこはそこ、同じ旅の者同士。「やあ、また会いましたなあ」なんて言葉を交わしながら、空を飛ぶのだろうか。いつかは見てみたい光景だ。


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左 :吸蜜するアサギマダラ。長旅に備えての栄養補給だろうか
右 :フジバカマにとまるアサギマダラ。はねを休める場所があるのはいいことだ


 その代わりというわけではないが、長野県大町市では旅行中のアサギマダラにあいさつをした。フジバカマを多数植え込んだ心やさしい人がいて、その好意に応える形で何匹も集まってくる。
 いわく、「アサギマダラの聖地」だとか。うわさにたがわぬにぎわいには、圧倒されたものである。
 だったらわが菜園もそのように――。
 夢のまた夢ではあるが、まあ何事も初めの一歩があるわけで、と自らをなぐさめる秋ではある。
 

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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