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きょうも田畑でムシ話【39】

2016年6月 9日

もののけ級の奇っ怪虫――ツチハンミョウ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 いったいぜんたい、どうしてこんな姿をしているのか?
 そんなふうに思わせる生き物が、テレビや本でよく紹介される。このコーナーで対象にしている虫関係でいえば、ツノゼミあたりが有名だろう。
 奇妙奇態、怪しげ、突飛、妙ちくりん。ぼくが好むことばをいくつか持ちだしても動じない変わったデザインを、しっかり自分のものにしている。日本にもいるにはいるが、オドロキを与えてくれるのは主に外国のツノゼミたちだ。


 ところがぼくが毎年数回は目にするツチハンミョウも、彼らに劣らず珍妙な形をしている。
 金属光沢だけなら、コガネムシやタマムシがいる。しかし、頭や胸のサイズに不釣り合いの巨大すぎる腹を持つ虫ときたら、そうはいまい。雌雄を問わず、いつ見ても「おなかが大きくて大変ですねえ」と声をかけたい気分になる。
 外見だけなら、ほかにもまだいる。それがこの地球でもっとも繁栄している昆虫の強みでもあろう。こうしている間にもどんどん新種が見つかり、命名するのが追いつかないはずだ。


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左 :パンパンに張ったような腹部が目立ちすぎるツチハンミョウ。一度見たら、決して忘れられない虫のひとつだ
右 :はねの美しさでは上位にランクされるのが確実なタマムシ


 ツチハンミョウが本当にすごいと思うのはその生態で、たとえば「過変態」という用語にも表れている。
 チョウや蛾のように卵から幼虫、さなぎの時期を経て成虫になるものは、完全変態の昆虫だ。それに対し、「さなぎになっている暇なんて、ありませんわ」というバッタみたいな昆虫は、不完全変態と称される。

 ここまでは学校の教科書にも出てくる。どちらにも属さないトビムシやシミのような無変態の昆虫もいるが、変態しないだけなので気にはならない。それなのに、ツチハンミョウときたら......。


tanimoto38_3.jpg 「過変態」というのは、完全変態を上回る変態をするということだ。
 といわれても、ふーんそうか、とうなずく人は少なかろう。「完全」なものがあるのに、その上をいくようなものを想像するのは難しい。それをしてしまうツチハンミョウという昆虫は、まさに奇妙奇天烈な虫さんだ。かのアンリ・ファーブル先生も興味を示し、『昆虫記』で取り上げている。
右 :こうして見ると、大型のアリのようにも見えるツチハンミョウ


 "変態"ぶりはまた紹介するとして、過変態のかなめになるのは、いったんさなぎ形になったのに、またまた幼虫に逆戻りして、次には本当のさなぎになるところだろう。最初のさなぎ状態は、「擬蛹(ぎよう)」と呼ばれる。「擬」という文字を当てているように、まねたもの、似たものという意味だ。

 つまり、もどきである。「さなぎもどき」とまで言われてさなぎのフリをするなんて、なんとまあ、手のこんだことをする虫だろう。人間でいえば、せっかく大人になったのに再び子どもに戻るようなものだろうか。

 んんん? 大人並みの知識を持ちながら、もう一度、少年時代をやり直せる?
 悪くない。でもまあ、虫になったとたん、「この虫けらめ!」なんてののしられた挙句に踏みつぶされでもしたら、かなわない。人間でよかった。

tanimoto38_4.jpg そんな考えもあってぼくは、ツチハンミョウと出会っても踏んづけたりしない。心のなかで「やあ、こんにちは」とあいさつし、記念撮影させてもらう程度だ。手(あしかな?)でもとって、握手のひとつもすればいいのだが、これがなかなかできない。
 はねは退化していて飛べそうにないから、「噛むぞー!」などと叫んで飛びかかってくることはない。それよりか重い体を引きずるようにして歩くところを見れば、「大丈夫か?」といたわりのことばぐらいかけたくなる。
左 :ツチハンミョウに手を出すのは慎みたい。人間さえも倒す毒を隠し持つことを忘れてはならない


 だが、彼らにそんな気遣いは無用だ。それどころか、つかもうとすると死んだふりをして、あしの間から黄色い液体を分泌する。黄色い汁といえば、テントウムシも同じようなものを出すが、そうしたものはたいてい、ロクなものではない。虫だって自分の身を守りたいがために、懸命にイエロージュースを絞りだしているに決まっている。

 ツチハンミョウのものは、人間にとっても実に危険なものとされている。世に有名なカンタリジンという有毒物資であり、皮膚につけば水ぶくれを生じさせるだけの力がある。


tanimoto38_7.jpg まちがっても、どんな味がするのか確かめようと考えてはいけない。テントウムシの黄汁なら「苦いなあ。ぺっぺ」で済まされても、ツチハンミョウのカンタリジンはそうはいかない。暗殺に用いたという話もあるほどの猛毒だ。口にしたら猛スピードで体内に吸収され、吐き気や嘔吐、腹痛などを引き起こすという。だから運が悪いと、命まで奪われる。
 もっとも、それが目的だとしたら、これほど頼りになるものもない。
 大人でも0.01~0.08gが致死量などという記述も目にするくらいだから、握手だって遠慮するのが賢明だ。微量が漢方薬で使われるようだが、素人が手を出すものではない。
右 :重い体を懸命に持ち上げて花のてっぺんに登ったツチハンミョウ。意外にかわいらしい?


 そんな怪物が産むのは、1匹で4000個にもなる大量の卵だ。数年の寿命を持つシロアリやミツバチは万単位の産卵をするが、ツチハンミョウの産卵数も多い部類に入る。毎年見ているヒキガエルやアカガエルの卵も負けず劣らず多いが、そうした生き物はたいてい、親になるまでにどんどん死んでいく。そうしたリスクを計算したかのように、これでもかこれでもかと産むのが多産系昆虫の特徴だ。
 その先、つまりふ化してからのツチハンミョウの生活は、まさに冒険だ。生まれたばかりの幼虫はせっせと草にのぼって花の中にもぐり込み、やってくる虫を待つ。運良く現れたらその虫にしがみつき、どこぞへ連れていってもらえる。


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左 :ハンミョウの幼虫のすみかだったと思われる穴。平たん地だけでなく、垂直の土かべ状のところにも巣をつくるようだ
中 :ひも状になったヒキガエルの卵。この長い長い1本の"寒天"から、万を超す数のオタマジャクシが生まれることもある
右 :多産系の虫ということではミツバチも例にもれない


 しかし、どんな虫でも、どんな場所でもいいというわけではない。ハナバチのメスであることが理想だ。オスだとしても、交尾をするためにメスに接触する機会があるなら乗り換えることは可能だが、ハナバチの巣にたどり着かなければ意味がない。ほかの虫に乗っかったり、そんな出会いさえもなかった場合には死ぬしかない。めざすハナバチの巣にたどり着いた幼虫だけが、ハナバチの卵や花粉をえさにして育っていく。
 いわば、宝くじに当たったものだけが生き延び、次の世代を残すための最低限の資格を得るということだ。ぼくが目にするのは、そんな幸運を手にしたツチハンミョウなのである。そう思うとやはり握手のひとつぐらい......なんて考えていけないことは、すでに記した通りだ。
 ツチハンミョウにも数種あるようだが、ぼくにはその識別能力が欠けている。それどころか雌雄の区別さえまともにできない。触角を見れば分かるらしいが、なにしろあのスタイルだ。オスであろうとメスであろうと、あのぶくぶくぷっくりした腹を見た瞬間に、すべてメスに思えてしまう。裏を返せば、それだけ特異な姿をしているということでもある。


tanimoto38_11.jpg ツチハンミョウがどんな虫なのか少しはご理解いただけたと思うが、虫にそれほど関心がない人はいともたやすく、ハンミョウと混同する。そう、俗に「道おしえ」ともいわれるキラキラ昆虫だ。
右 :名前が似ているだけに勘違いされることが多いハンミョウ。「道おしえ」としても有名だ


 素早く駆けたかと思うと急に止まって後ろを振り返るようなそぶりを見せ、それからまたちょっと、飛んでみたりする。そんなことを繰り返すことから、道案内をしてくれているような錯覚に陥る。「道おしえ」の称号をたまわったのは、そんな行動をとるからだろう。
 ツチハンミョウを見たことがあれば、ハンミョウとのちがいは歴然だ。見た目の地味なニワハンミョウ、海岸性のカワラハンミョウなどもいるが、もっとも強烈な印象を受けるのはナミハンミョウともいわれる緑・青・朱色などで彩られた種だろう。


tanimoto38_10.jpg だから余計に、毒々しくみられる。しかもそのあごはがっしりしていて、ウスバカゲロウの幼虫であるアリジゴクも真っ青のご面相である。小さいからまだしも、あれがもっと大きな虫だったら、ぼくなどはとても近づけない。英語で「タイガービートル」と呼ばれるのももっともだ。
 でも、毒はない。完全な誤りだ。
左 :見よ、このおそろしい顔つきを。ハンミョウが「タイガービートル」と呼ばれるのもうなずける


 それに対し、ダイズやアズキ、ナス、インゲンなどの害虫として知られるマメハンミョウは、なかなかおしゃれな衣装を身にまとう。頭は火をともしたように赤く、体を覆う衣装には黒地に白のストライプが入る。
 以前はたびたび目にした。田んぼの近くの草むらにたくさんいるところも見たものだが、どうやら最近は減っているらしい。いつか撮った写真がどこかにあるのだが、整理が悪いから、探すのは大変だ。
 よく目立つ虫なので、こんど見つけたら写真を撮りたい。それなのにこのところとんと、目にしていない。それでことしは菜園にダイズ、インゲンの種をまいたのだが、はたして訪ねてくれるだろうか。
 幼虫はイナゴの卵を食べるという。だから、バケツ稲を育てて、まずはイナゴを誘い込む作戦も立てた。イナゴは田んぼの害虫にされているから、その卵を食べることでは益虫の部類に入る。ところが、長じてダイズ畑に行けば害虫扱いされる。なんともはや、因果な虫ではある。


 そんなことよりマメハンミョウと接する際に注意しなければならないのは、ツチハンミョウと同じように猛毒のカンタリジンを保有することだ。かつて、子どもたちと田んぼの生き物調べをしたときにはたくさんいたので、「危険だから捕らないように」と注意した。
 当然である。ところがそれがアダになったのか、子どもたちが手にした水槽には驚くほど多数のマメハンミョウが入っていた。

 冷や汗をかいたのは言うまでもないが、ヘンに力を入れて説明すると逆効果になることもあると学んだ。ハンミョウには、誤りなく進む道を教えてもらいキブンである。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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