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きょうも田畑でムシ話【15】

2014年6月13日

混同ネームは水つながり――ミズムシ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 田植えをしてしばらくすると、田んぼの中はにぎやかになる。音符をまき散らしたようにオタマジャクシが泳ぎまわり、その間をガムシの幼虫やヒルがすり抜けていく。
 はやし立てるようにピョコピョコ動くのは、ミジンコの大群衆だ。アカガエル、ヒキガエルの産卵時期には静寂に包まれていた田んぼがいったん鼓動を始めると、しばらくは目が離せない。


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左 :いつ見ても美しいと思える田んぼの風景。苗を植えてしばらくが特に素晴らしい
右 :泳ぐミジンコ。こうして1匹だけ見ると、甲殻類の仲間だと納得する


 ぼくが田んぼのぞきにはまったのは、カブトエビがきっかけだった。6月初めには毎年のように山形県の知り合いの農家を訪ね、水の宇宙を飛び回る勇姿を飽かずながめたものだ。あれから20年になる。

 カブトエビはいわゆる外来種のひとつだが、農家には「草とり虫」として親しまれ、とくに西日本ではそれほど珍しい生き物でもなかった。ところがぼくが興味を持ち始めたころの東北地方では限られたところでしか見られなかったため、季節が巡り来ると、会いに行くのがなによりの楽しみとなった。

tanimoto15_3.jpg カブトエビを探そうと懸命になればなるほど、それ以外の田んぼの生き物にも目がいく。とはいえ、それらの名前を知ること覚えることは、容易でない。通い慣れた田んぼならおもだったカエルのオタマジャクシぐらいは識別できるが、実際にすみつく住民はかなりの数に上る。
左 :カブトエビに興味を持ったのが、「田んぼのぞき」の始まりだ。この面構えがなんとも言えない


 そんな中、心を動かされる新たなタレントが見つかった。どの田んぼにもいるわけでもないが、かなり個性的な形態を有するのがミズムシだ。初めて見たとき、「まるでゴキブリじゃないか!」と思った。しかもその水中ゴキブリは1匹2匹と見つかるのではなく、ウジャウジャいるのだった。

 いくらか腰を引きつつも網ですくって水槽に放り込み、もう少ししっかり見た。すると意外にも、べっこう色の美しい生き物である。しかもぼく好みの古代生物の様相を呈しているではないか。


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左 :ミズムシは1匹だけでも敬遠されるのに、これだけいると......さて?
右 :水中のゴキブリとはおれのことだ、って自分で言うことないか......


 考えてみればゴキブリだって、3億年の歴史を持つ地球生物界の大先輩だ。カブトエビもそうだし、彼らが出現する田んぼに同居することが多いホウネンエビもカイエビも古い時代から脈々と世代をつないできた。目の前にいるミズムシもその仲間だろう。


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左 :カイエビもカブトエビと同じように古代生物の一種だ。確かに原始的な雰囲気を漂わせる
右 :ついつい目をこすりたくなるが、ミズムシはペアでいることも多い


 いささか不思議に思ったのは、その姿がどことなくアンバランスなことだった。1匹なのに、1匹ではないような......。そんなときは、じっくりにらめっこするに限る。
 と――。
 それはどうやら雌雄合体の図であった。体が大きく、上に乗っかっている方が雄だろうか。

 だがそれが、交尾の最中だと言い切ることはできない。雌雄が一緒になっていることが多いオンブバッタの例でいくと、雌を獲得した雄が「コレハ・ワタシノ・ハンリョ・デ・アルゾ」と宣言している場面でもあると解説されるからだ。

 ミズムシにも同様のことがいえるのかどうかは知らない。それでも見る者を楽しませるのは、その特異な形状のゆえであろう。


 近年は、「環境指標生物」などという漢字が幅をきかせる。いわく、「ミズムシはバッチい水にすむ代表種のひとつである」と。


tanimoto15_15.jpg たしかに淀み水で、半ば干上がったような、薄汚れた場所で見つかることが多い。だがその一方で、「全国水生生物調査」のページで環境省も例を挙げて説明するように、とりあえずは「きたない」部類に属する水にすむ生き物に分類するが、実際には源流部のきれいな川にもすんでいる。いわば清濁併せ呑む(?)度量の広い昆虫なのである。
左 :「おまえさん、調子はどうだい?」「ここんとこ、殻がカタくてなあ」。とでも話しているようなミズムシ2匹


 と持ち上げておきながら、現実のニンゲン社会で「ミズムシ」という語を発すると、いずこからか、すすすっと近づく者がいる。
「そうなんだ。あのかゆみがすぐに止められるなら、いぼだって爪の垢だって、喜んで差し出すよ」
 などと言う。

 だが、それが完全な間違いであると気づくまでには、しばしの時を要する。都合よく手元の水槽にミズムシでも入っていれば話は早いが、世の中はそうそう、うまくできていない。
 それでも、説明に説明を重ねれば、水虫とミズムシの勘違いだということは理解してくれる。


 面倒なのは、生物界の方である。新聞などでは動植物名をカタカナ表記にする基本ルールがあるから、世間さまも無防備な状態で「ミズムシ」の名前を目にする。そこに混乱、混同のもとがある。

 ぼくがこれまで話題にしてきたのは甲殻類のミズムシだ。だからカブトエビやホウネンエビなどと並べても、違和感なく受け入れてもらえた。しかし実は、同姓同名ともいえる「ミズムシ」が昆虫にもいるのである。


tanimoto15_7.jpg 大雑把にいうと、カメムシ目ミズムシ科に属する水生昆虫がそれだ。
 といわれても、甲殻類のミズムシと勘違いするような御仁は、昆虫のミズムシがどんなものなのか想像できない。

 だったら、この俗称はどうだろう。「風船虫」。そう、ある程度のお歳の方なら、一度は理科の実験と称して試したことがあるはずだ。小さく切った色紙をいくつかミズムシがいるコップの中に入れると、ミズムシは大急ぎで寄ってきて、色紙にしがみつく。すると紙ごと沈んでいくので、今度はあわてて別の紙にしがみつき......という行動を繰り返す。そのさまから、風船虫のあだ名をもらった。
右 :チイチイなどと可愛らしい声で鳴くチビミズムシ。見るからに愛らしいではないか


 しかも小型のチビミズムシ類の雄は、体の一部をこすり合わせて鳴く習性も持ち、その点でも愛されキャラを演じている。
 その鳴き声は聞く人によって微妙に異なるが、チイチイとかチッチ、シュッシュッなどと表記できる。
 つまり「ミズムシ」はこうやって、名前で楽しみ、音に感動し、環境度合いをみるものさしとして使うこともできる。まさに八面六臂の働きをする生き物なのだ。もっとも、一部にはニンゲンの勘違いが入るのだが......。


tanimoto15_8.jpg 甲殻類のミズムシを入れた水槽で、トウキョウサンショウウオの幼生を飼っていたことがある。もともと、同じ田んぼにいたもの同士だからだ。その幼生が小さいうちは、ミジンコのえさで足りていた。しかし成長するにつれて大食いになるのでアカムシを与えようと思いながら、数日が過ぎた。
 そしてアカムシを用意し、水槽をのぞくと、ミズムシは1匹もいなかった。サンショウウオの腹の中におさまったようである。
左 :トウキョウサンショウウオの幼生。もしかしたら、ミズムシが大好物だったりして......


「サンショウウオがミズムシをきれいに片づけてしまったよ」
 この出来事を後日、友人に話すと、彼はすぐさま食いついた。

tanimoto15_14.jpg「サンショウウオが水虫退治の妙薬なんだな! 頼むよ、オレの足の指もぜひ、サンショウウオに食いつかせてくれー!」

 おそらく彼の頭の中には、かびだらけのきたない足にかみつくオオサンショウウオがいることだろう。それが大きな間違いであると気づく前に、水虫が治っていることを祈るばかりである。
右 :オオサンショウウオが水虫の足にかみつく図を想像すると楽しくなるが、現実にはあり得ない

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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