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きょうも田畑でムシ話【14】

2014年5月15日

葉中の海を泳ぐ怪虫――リーフマイナー  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 わが家の春の庭は、菜の花で彩られる。
 そういうとメルヘンチックな想像をしてくれる人もいるのが申し訳ない。
 ぼくのねらいは、虫を呼び寄せることだ。あの黄色い花びらをおとりに、「ホレホレ、コッチに甘くてきれいな花があるぞ~!」などと誘い込む。
 その結果、アブやハチや蝶や蛾、アブラムシ、テントウムシ、カメムシなどと、ゴーカケンラン、虫の祭典のごとくたくさんの虫たちが集まるのだから、菜の花恐るべしである。そしてその中に、当然デショーガ的に集結するのがハモグリバエだ。


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左 :ハモグリバエのつくった迷路。ヒトの目で見ると、実に興味深い
右 :ハモグリバエの成虫。「絵描き虫」はこんなハエに育つのだ


 「字書き虫」「絵描き虫」の一種であるといえば、ああ、あれかとお分かりいただけるのではないか。わが家の菜の花は多くがコマツナであり、そこを訪ねるのはたぶん、ナモグリバエと思われる。

 きわめて普通種ながら、この虫の習性はやたらとおもしろい。なにしろ、一度も顔を見ることがない親に産んでもらった卵たちは薄っぺらな葉の中でふ化し、葉の中でそのまま、トンネル生活を続けるのだ。


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左 :ハモグリバエの新しいさなぎは、白っぽく見える
右 :そっと葉をはがすと、ハモグリバエ のさなぎがいた


 穴掘り名人とされるミミズだってモグラだって、たまには地上に顔を出す。ところがナモグリバエときたら、幼虫も蛹も「金輪際、外の世界は見る気ありませんで」とばかりに、若い身空で隠遁生活に入る。それがために、自分の糞さえもトンネル内から出すことはなく、それが葉の外から透けて見えていても頓着しない。滑稽といえば滑稽であるが、見方を変えればご愛きょうとなるから憎めない。


tanimoto14_12.jpg 字を書き、絵を描くのはだれのためでもない。自分自身の身を守るためだといわれる。天敵から逃れるため、一つ所にとどまらないようにしているのだとか。それが芸術作品になるのだから、実にアッパレ、たいしたものだ。
右 :よく見れば、これはハート型?


 かの有名な童謡によると、菜の葉に飽いたちょうちょは桜にとまれと促される。しかしナモグリバエの幼虫が菜の葉に飽きることはなく、ましてや桜に移りたいと思うこともない。成長して空に飛び立てば桜に恋するものが現れるかもしれないが、おそらくは親と同じように菜の花に引き寄せられ、そこに卵を産みつけて......と、自分が歩んだ道をわが子にも歩ませることになる。人間界では、自分史を書いたり行動記録を残したりするのがはやりのようだが、ナモグリバエはだれに教わるでもなく、行動の軌跡を葉に残していく。


 そんな葉っぱの迷路を見ていて、あるとき、パッとひらめいた。
 「AからZ、0から9までそろえたらおもしろそうだぞ」
 かくしてぼくは、いつものその場だけの思いつきに感心し、まずはAからと、収集を始めた。しかし、アルファベット26文字だけでも、そう容易には集まらぬ。そこですぐにまったく別のプランBに移行し、A-Z計画は頓挫するのだ。


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左 :ハモグリバエの英字教室。これは「C」
右 :これは「Q」かな?


 ハモグリバエと同じように、葉の中を泳ぐように潜行する虫たちには「リーフマイナー」の異称が与えられている。ハモグリバエ以外で有名なのはハモグリガのようだが、これまたそのまんまの命名で、いっそすっきりする。日本語では、潜葉性虫と呼ばれることが多いが、その解釈については複数の説がある。

 それは、「マイン」をどう訳すかということにあるらしい。そのものずばりの「食痕」と読み取るものがあれば、「炭鉱夫」とするものもある。ぼくにとってはどちらでもよく、あの薄っぺらな葉の中からはみ出ることもなく前進する技にこそ感心する。

 だから、新緑の季節が好きだ。なんといっても、数多くのリーフマイナーに出会えることで、山歩きの楽しみが増す。
 ノイバラの小さな葉に作品を作り上げるリーフマイナーがいれば、ツバキのようにかたい葉に彫り込むものもいる。だが、オススメはコナラ、クヌギ、ケヤキなどの里山を代表する樹種だから、暇つぶしを兼ねたリーフマイナー探しをするのもいい。これらの樹木の葉では、ゾウムシの仲間がけっこう見つかる。


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左 :リーフマイナーにとって、こんなのは朝飯前かも
右 :これはリーフマイナーのそっくりさん。葉の中で暮らすのではなく、葉を切って、布団のようにかぶっている


 ところが、たいていはミリ単位の小さい種類なので、名前なんて、とても分からない。それでも1本の木に幾枚幾個もの食痕があるのだから、探し始めると時間のたつのも忘れて熱中する。そのために予定していた用がこなせなくなっても、ぼくは知らない。

 その無責任さで葉っぱをにらみ、細い枯れ枝なんぞを拾って、ちょちょいとつつくと、出てくる出てくる隠遁者。葉隠れの術を駆使して隠れているのだから、まさか見つかることはないと油断しているせいか、葉っぱをはがされると慌てたように体をぴくんぴくん動かして、脅そうとする。それがまたかわいい。


 ここ数年、ぼくがはまりこんでいるキンケノミゾウムシの場合はその習性がとくにおもしろい。葉の縁から食い進み、ある程度道をつくると、こんどは丸く切り込んで、落下態勢に入るのだ。
 そして、時至れば地上に向かって飛び降り、見事に着地する。しかもそれだけで終わるのではなく、地上ではぴょんぴょんと派手なジャンプを見せつけるのだ。


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左 :ゾウムシの幼虫が入った膨らみを透かしてみた
右 :キンケノミゾウムシの幼虫が入っている繭。これが跳ねるのだから、初めて見た時にはびっくりした


 ここ数年の観察で、幼虫だけがジャンプ能力を身に着けているようだと分かった。背中を丸め、一気に体を伸ばすことでバネのような効果を生む。その動作はすべて繭というのか葉をくり抜いた蓑の中のことなので断定はできないが、そんな虫が身近にいると分かっただけで力がわいてくる。
 幼虫がおさまる繭は、おしりから出す糸でつづっているようだ。よく見ると口から糸を吐いたようにも見える幼虫がいるので、もしかしたらおしりから出す糸を口で操り、かがるのかもしれない。
 

 謎は、多いほどいい。菜の花のハモグリバエでさえ、分からないことばかりだ。昆虫の研究を専門にする人ならともかく、ぼくは謎を集めるためにプチ生物を観察しているようなものだ。その特権を、この春も最大限生かしている。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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