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2014年3月11日
おとぼけ顔の吸汁軍団――アブラムシ
春めいてくると、色気づくものが多い。
「ホンマでんなあ。ネコもスズメも騒がしゅうなって、のんびり寝てられまへんわ」
なんて会話になることもあるが、ここで話題にしたいのはその手のイロ気ではない。色、そのものだ。
たとえばアゲハチョウやツマベニチョウは、赤い色に反応する。そこで赤い捕虫網を手にして山野をめぐる昆虫マニアがいれば、青色蛍光灯をともして蛾をわんさか呼び寄せようと企てる蛾のコレクターがいる。農業場面ではアブラムシやコナジラミを一網打尽にしようとハウス内に黄色粘着板をぶら下げ、青色粘着板でアザミウマをとっつかまえる。黄色や緑の蛍光灯は、蛾類を追っ払うのに使っている。
虫たちは波長に反応しているのではないかと言われればその通りかもしれないが、ことほどさように色と昆虫が深~い仲にあることは確かだろう。
右 :アゲハチョウは赤い色が好みらしい。そう思って見ると、たしかに赤い花に集まってくる
とくれば、人はさらに知恵を働かせる。一部のマニアの間では、「春の女神」の愛称を持つギフチョウを誘いだすのに、ドラえもん人形を使うのが常識になっている。
「さすが、人気者!」
と感心してはいけない。「生きた化石」とも呼ばれるギフチョウのご先祖さまが初めて地球に現れた時代にドラえもんがいたはずもなく、ドラえもんカラーである青い色に興味を抱いての接近らしい。
左 :「春の女神」ギフチョウは、青い色がことのほか好きだという
右 :南国のツマベニチョウも赤い色が大好きだ。自らもこんなに美しいはねを持つのに
かと思えば、黄色いバケツでアブラムシやカメムシを呼び寄せる菜園家がいる。水を張ってゴマ油などを数滴落としておけば、黄色に惹かれて飛び込んだ害虫どもが一巻の終わり、という寸法である。こうでもしないと、数を頼みに暴れまくるアブラムシを退治するのは、容易でない。ただし、ゴマ "油" だから "アブラ" ムシなのかと考えるのは、早計というものであろう。
江戸時代にはつぶして髪の毛に塗りたくっていたからアブラムシと命名されたのだとする説がある。ツバキ油もあったはずだが高価すぎて庶民の手に入りにくく、手近なアブラムシに目をつけたということだろうか。まねたいという気にはならないが、その発想には拍手を送りたい。
左 :水を張った黄色いバケツにゴマ油を垂らし、乳酸飲料でおびき寄せる。そそっかしいアブラムシは、わなとも知らずに飛び込んでくる
右 :単独で歩くアブラムシ。意外に堂々としていると思いませんか
アブラムシが植物に寄ってたかって何をしているのか、知らない人はいまい。農業分野では「吸汁性害虫」といったまがまがしい表現で知られ、その文字が意味する通り、植物の汁を吸って生きている。その結果、作物の生育を妨げることになるし、運が悪いと怖~いウイルスをうつされる。あまりにも小さい存在でよく見ないと分からないが、吸汁性害虫であるために欠かせない針のようなくちであっちの茎、こっちの葉などと突いたり吸ったりするものだから、タチが悪い。ドラッグならぬ、ウイルスの運び屋となるからだ。
そんなやつらだから、ムシ仲間にもさぞかし嫌われているかと思うと、そうでもない。アリンコなんぞは、「やあ、アブラムシさんではありませぬか。どうぞお見知り置きを」などとあいさつしているかのようなしぐさを見せる。ぷっくりと膨らんだ腹の中にはよほどうまい汁がたまっているのか、アブラムシのおしりをツンツンとつついて甘い汁をもらってニンマリしている(かのように思える)。
アリたちはどうも、アブラムシと無言の契約を交わしているようだ。
アブラムシは集団で汁を吸いまくるが、その数の多さに目をつけた天敵もまた多い。テントウムシしかり、クサカゲロウしかり、である。天敵たちはアブラムシと見ればまさにウシウシ状態で食らいついたり、体液を搾り取ったりする。しかもその数は、ハンパでない。
左 :アブラムシの集団をよく見ると、ハリボテのように膨れたものが混じっている。それは寄生蜂に寄生された気の毒なものたちだ
右 :アリとアブラムシは仲がいい。アリは、アブラムシのおしりから出る甘露が狙いだ
そうした無頼の輩から守ってくれるのが、これまた数の多さでは負けないアリの集団なのだ。アブラムシのことを「アリマキ」とも呼ぶが、「マキ」というのは牧場のことであり、アリの管理する牧場にいるのが甘露を出してくれるアブラムシの群れということになる。自然界というのは、つくづくうまくできている。
日本にいるアブラムシは約700種。しかもそれぞれの種が軍団をこしらえるのだから、気がつけば、そこかしこで遭遇することになる。
左 :アブラムシは種類が多い。ろう物質を出したものは、雨が降っても平気で植物の汁が吸える、かもね
右 :クリオオアブラムシは秋に卵を産む。つやつやしていて、質の良い黒豆を思わせる
それにしてもアブラムシは、いったいどこから現れるのだろう。そう思ったことはないだろうか。
群れを見てもビア樽のようなアブラムシがいるだけで、ほとんど動かない。見方を変えれば、行儀よく植物のジュースを飲むだけの、おとなしい虫たちである。
目のいい人はさらに、そのアブラムシがおしりからポコン・ポロリと子虫を産みだしていることに気がつくだろう。汁を吸って排出するのは、アリに与える甘露だけではない。自分たちの種を維持するための子どもを産みだす産卵マシーンでもあるのだ。
人間の常識からすると、子どもを産むのはメスの役目である。
その見方はまちがっていない。メスたちだ。それならと目を見開いてジロジロながめても、ほとんど同じようなメスとおぼしきアブラムシしか見つからない。それもそのはず、アブラムシは基本的にメス社会であり、単為生殖をしている。
右 :「あら、また生まれるわ」「わたしなんかほら、もうこんなに産んじゃったわ」。アブラムシはメス単為生殖の昆虫だ。食事しながら出産する
侮れないのは、メス単為生殖に徹するかというと、これまたそうでないことだ。種を維持するのが難しい環境になったら、はねのある個体を産んで、「ほらお前たち、もっと住みやすいところに飛んでいって、わが種の栄華を築くのですよ」とでもいうように、新天地に送りだす。目の前に突如現れたアブラムシの斥候は、そうやって飛んできたものたちなのだ。
左 :アブラムシが新天地を目指す時期には、はねのある有翅成虫が出現する
右 :はねのあるクリオオアブラムシの有翅成虫。なかなか立派な体格である
そして落ち着けばメスだけの繁殖態勢に移り、チューッと吸って、ポロリと産みだす生活を始める。水を張った黄色いバケツに墜落する春先のアブラムシは、そうやって飛んできたものたちである。知恵ある人間はゴマ油とともに乳酸飲料もちょろりと混ぜるため、そのにおいに誘われて、ついつい、飛び込んでしまう。酒のにおいにつられて飛び込んだ店でぼったくられないようにしなはれや、と愚かなニンゲンに身を挺して教えてくれているのかもしれないが......。
だとしたら、少しぐらいの汁なら、飲ませてやるか。
なーんて思ったら、やつらの思うツボですぞ。油断大敵、アブラムシ。おとぼけ顔の下には、したたかな素顔が隠れている。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。