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きょうも田畑でムシ話【8】

2013年11月 7日

ジキルとハイドの2つの顔――コオロギ  

プチ生物研究家 谷本雄治   

 
 この秋のことだ。前から気になっていたキカラスウリの実を山道で見つけた。その塊根が天瓜粉(てんかふん)、分かりやすくいえばベビーパウダーの原料になる。
 ところが残念なことに、つるは途中で切れ、株元にたどり着けない。しかたなく実をたぐり寄せ、せめて種だけでも手に入れようと実を割った。するとまあ、出てくる出てくる。ハエの幼虫がわらわらと這い出してきた。しかもピョンピョンと飛び跳ねるのだ。あまりのおぞましさに気後れし、そのままにしてきた。

 帰宅して調べると、どうやらカボチャミバエのようだ。多くの人が、カボチャの中で何やら音がするので割ってみたら、中からウジムシが跳び出てきて驚いたと報告している。野生の実をえさにしてきた虫がカボチャのようにありがたい作物を見つけ、これ幸いとばかりに乗り換えたことで名前まで頂戴することになったのだろう。

 この例に限らず、虫たちはたぶん、何の悪意も抱かずに、えさを選ぶ。それがたまたま人間の育てる作物だと害虫と呼ばれるようになり、迫害される。生産者はそうしないと生活できないし、消費者もまた、キズがなく余分なものがくっついていない野菜や果物を望んでいるのだから仕方がない。


tanimoto8_1.jpg コオロギも農家にとっては害虫のひとつである。そのための殺虫剤もちゃんと出回っており、せっかくの野菜をかじられてはたまらんという人たちが買っていく。彼らが好む特定の品目はないようで、まさに目にふれたものを口にしているようだ。


 夏の暑さが峠を越すと、コオロギを含む鳴く虫の声が話題になる。日本人は古くから、鳴く虫に季節を感じ、詩歌にのせてきた。「鳴く虫の女王」といわれるカンタンなどは、その声を聞くためにわざわざ出かける趣味人もいるくらいだ。
左 :コオロギの仲間は、はねを斜めにして鳴くものが多い


tanimoto8_2.jpg ぼくも鳴く虫は大好きだ。スズムシ、マツムシ、コオロギなどと、手当たり次第に飼ってみた。人工飼育の元祖とされるのはスズムシで、あのリーンリーンという声を耳にすると、気持ちも安らぐ。

 もっとも、音に対する感覚は個人差が大きいことも認めねばなるまい。大音響で聴く音楽は良くても、あのやさしい虫のセレナーデを雑音と受けとめる人がいることもまた事実だ。
右 :スズムシは、これでもかとばかりにはねを立てて鳴き声を競う


 最近は目にする機会が減ったが、鳴く虫はかつて、竹製の虫かごとセットだった。いかにも日本人好みらしい繊細なつくりの虫かごに1匹だけ入れて軒に吊るした。たいていは夕暮れとともに鳴きだし、涼風に心地よい調べを乗せて届けてくれたものである。
 中国の人々もコオロギをかわいがってきた。その歴史は唐の時代にまでさかのぼるらしいが、声を楽しむのではなく、闘わせるために飼っている。


 コオロギを漢字で書くと「蟋蟀」となる。そしてそのけんか遊びを称して、「闘蟋蟀(とうしつしゅ)」と呼んできた。単に「闘蟋」、あるいは「秋興(チウシン)」ということもあるようだ。オス同士を闘わせるために1匹ずつ飼うところがすごい。飼育のための指南書まで存在し、多数を一緒にして育てる日本式の飼育法とは大きく異なる伝統を持つ。


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左 :闘うコオロギ。中国ではこうした闘いを古くから「闘蟋蟀」と呼んで、楽しんできた
右 :これは自作のコオロギ飼育容器。闘蟋蟀のためには、1匹ずつ飼わなければならない


 正直にいって、悔しい。日本にその手の楽しみ方はなく、せいぜい、クモのけんかが知られる程度だ。それは残念だというので、秋になると子どもたちを集めて中国式に闘わせるイベントを開くところもあるが、知名度はまだ低い。


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左 :日本で闘蟋蟀をするなら、ミツカドコオロギがオススメだ。牙むき出しでよく闘う
右 :これは自作のコオロギ飼育容器。闘蟋蟀のためには、1匹ずつ飼わなければならない


 コオロギの王様といえば、鳴き声も体の大きさもエンマコオロギということになろう。
 鳴くというとこのごろは、首をひねる人がいる。カガク知識が豊富になるのは喜ばしいことではあるが、鳴くというのはもののたとえで、実際にははねをこすり合わせている。スズムシは直角になるほどにはねを立てるが、コオロギはそこまで立てない。


tanimoto8_6.jpg 彼らの耳は、人間とちがって前あしにあり、おそらくはその耳で自分の鳴き声も認識しているのだろう。コロコロリーとささやくように鳴いたかと思えば、 キリッキリッと険しい声も出す。数種類の鳴き分けができるというが、音痴のぼくにそこまでの判別はできない。
右 :エンマコオロギの耳。人間とはちがう形だが、機能は同じだ。自分の奏でるセレナーデにうっとりするものもいる?


 それでも、パッと見にはゴキブリのような姿かたちのエンマコオロギはかわいい。鳴くことがなければまたちがっただろうが、ともかくも美声を聞かせてくれることで、どうしても「害虫」から外してやりたい気持ちになる。


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左 :ご存じ、ゴキブリさん。「どや? エンマコオロギに似とるやろ?」なんてね
右 :「ゴキブリそっくりコンテスト」でもあれば、エンマコオロギのメスに軍配が上がると思うのだが......


 「鳴き声以外に何か、人間の役に立つところはないのかなあ」
 ずっとそう思い続けてきた。その願いがかなったのか、コオロギの農業貢献度も調べようという動きが出ている。


tanimoto8_5.jpg コオロギは基本的に雑食性だと思うのだが、試験機関が調べたところ、雑草の種も食べるということが明らかになったのだ。研究が進めば、自然界にいるコオロギをもっと利用しようということになるかもしれない。すでにいわれているように「種の多様性」という、生産現場ではいまひとつ理解しづらいことが、コオロギの生態観察を通じて分かりつつある。
右 :堂々としたエンマコオロギのオス。農業分野では長いこと害虫とされてきたが、ここへきて雑草の種子を食べる益虫の目も出てきた


 裏表のある人間は社会で嫌われるが、コオロギにはその二面性を生かしてほしい。そうすれば鳴き声も雑草駆除にも役立つ虫として、さらに愛されることだろう。野菜かじりの悪習を戒める手立てはまだないのだが、少しぐらい大目にみてやってもいいのではないか、とボンクラ生物研究家は思うのである。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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