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2013年7月 9日
地下に潜む悪役ファイター――根くい虫
むかしむかし。のちに「花咲かじいさん」と呼ばれるようになる正直者のじいさんが、「ここ掘れワンワン!」と愛犬のシロだかポチだかが示す裏の畑を掘ってみた。すると現れたのは、手に余るほどの大判・小判だったと伝えられる。
わが家に犬はいぬ。それに猫の額ほどの土があるだけの名ばかりの畑なのだが、ある日、試しにほじくってみると、キラリと輝くものが現れたのだ。まさに、まさかの展開である。よく見るとそれは、水晶のように透き通った体を持つ甲虫類の幼虫であった。
「あ、黄金虫!」
ぼくは叫んだ。動植物名はふだん、カタカナで表記する。だが、このときばかりは漢字として頭に浮かび、それをそのまま口にした。
左 :庭で見つけたコガネムシ。メタリックな輝きは評価したいのだけどね
右 :コガネムシの幼虫 。カブトムシの幼虫とそっくりなのに、なぜだか憎まれキャラ
コガネムシ類の幼虫は、ちょっと見にはカブトムシのそれにそっくりだ。純朴な子どもたちをだまくらかすくらい、朝飯前である。
そのコガネムシの幼虫が、土を掘るたびに現れた。それどころか、根が回りすぎたために植え替えようとした大型ポットの土の中からも一度に数匹、転がり出た。虫好きにとってはまさに、大判・小判に等しいアタリである。
とはいえ、仮にも野菜を育てる畑なのだ。ぼくのようなボンクラ菜園家はともかく、野菜づくりに熱心な人たち、あるいは野菜販売を生業にする農家にとっては、野菜の根を食い荒らす、にっくき害虫でしかない。総称としてのコガネムシの一部は有機物の分解に貢献し、土を肥やす働きもするのだが、そこまで理解を示す人はまれだ。一般には、根切り虫のひとつに数えられる。
左 :見たくないニンゲン多数の根切り虫。せめて美しかったら、食害も我慢できる? ......ワケないか
右 :ハスモンヨトウの終齢幼虫。アップで見ると意外にキレイ?
「根切り虫」といえば、タマナヤガとかカブラヤガが有名だ。夜な夜な現れては畑の作物を荒らしまくる「夜盗虫(よとうむし)」にも似た、愛きょうのない芋虫である。それに比べるとコガネムシの幼虫は気品が感じれられて美しく、透き通った体の表面に生えた細かな毛さえも優雅に輝いて見える。
あるとき、ぼくと同じように畑の土の中から幼虫を拾いだした人が、その正体を見極めようと飼育したそうだ。そしたらなんと、というか当たり前のようにコガネムシが羽化して這いだしてきた。カブトムシにならなかったことにがっかりしたようだが、その探求心には拍手を送りたい。
右 :子どもたちには人気があるカブトムシの幼虫。「マンジュウムシ」と呼ぶ地域もある
野菜づくりをしていてやっかいなのは、こんなふうに地中に巣くう害虫たちだ。コガネムシ以外に例を上げるなら、「針金虫」が知られる。
というと、すぐさま反応する人がいる。
「それってさあ、カマキリの体に入り込むやつだろ。おしりから出てくるのを見たことがあるよ」
なるほど。それは、まごうことなきハリガネムシであろう。カマキリの体内に侵入し、成長して時至ればカマキリを水辺へと誘い込んでその体から抜け出し、水に入る。カマキリはハリガネムシに操られて水のあるところを目指すのだという説もあるほど、けったいな習性を持つのがハリガネムシである。
左 :こちらはそのものずばりのハリガネムシ。まさに針金。意外にかたい
右 :「なんか用か?」とでも言いたそうなハラビロカマキリ。ハリガネムシに寄生されていないといいのだけどね
だが、いま話題にしているのは地面の下、畑の土の中の生き物だ。針金虫というのは俗称で、サツマイモやダイコンなどに針金を突き刺したような傷跡をつける甲虫の幼虫を指す。
それがなんと、コメツキムシの一種なのだ。その幼虫時代を農家は、針金虫と呼びならわしてきた。そこでカマキリに寄生するハリガネムシとごっちゃになる。
左 :「針金虫」の成虫はコメツキムシ。子どもたちは「パッチン虫」とも呼ぶ
右 :コメツキムシの幼虫。これも農家には「針金虫」と呼ばれている
コメツキムシを漢字で書くと「米搗き虫」となるが、米なんか搗かない。子どもたちには「パッチン虫」というあだ名で親しまれる。
だれもが一度は経験があろう、コメツキムシをわざとひっくり返して床の上に置き、まさにパッチンと跳ね起きるさまをながめたことが。むかしの人たちはそれを米搗きにたとえた。
子どもたちは飽きずにそれを繰り返し、あわれ捕らわれの身となったコメツキムシはいじらしくも懸命に、体力の限界に挑戦する。あるいは子どもの関心が、カエルの催眠術にでも移ることを願っている。パッチン遊びは立場の相違によって、娯楽になれば地獄にもなる。
右 :「むむむむ......」。いくらコメツキムシとはいえ、何度もひっくり返されたのでは、さすがにたまらんだろうな
果樹園に話を広げれば、セミの幼虫も悪役の仲間から外せない。光の当たらぬ地下生活を送ること幾年月。幼いうちはアリンコにさえいじめられ、長じてはモグラの攻撃に甘んじる薄幸の虫のように思われがちだが、これまた立場を変えると果樹を何年にもわたっていたぶり続けるヒドい生き物となる。
彼らのえさは何か。地中で暮らすことを考えればある程度想像はつこうが、果樹の根の汁なのである。成長すればしたで、はねにものをいわせてあの木からこの木へと飛び回り、樹液はもちろん、ジューシーな果実にまで手ならぬ口をつける。
長野県の園芸試験場はうんとむかし、さすがに頭にきた農家のウラミをはらそうと、唐揚げにしたセミの幼虫を缶詰にした。成虫になるとがらんどうの体でしかないが、幼虫時代は身がびっしり詰まっていて食べごたえがありそうだ。しかし、その缶詰が売れて売れて困ったという報告はない。
左 :丸々と太ったセミの幼虫。唐揚げにしてすぐ食べるとうまいらしい。「ゲッ。そんな目で見るなよ」
時は移り、このごろは虫を食べようという人たちがふえてきた。面食いならぬ、虫食いガールが増殖しつつあるとの情報もある。彼らによれば揚げたてはかなりの美味だというから、いまなら物珍しさで売れるかもしれぬ。
とはいうものの、大量にとれる未利用資源だからといって、実際に商品化したら、どれほど買ってもらえるのか。
はてさて。試しにどなたか、やってみますか。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。