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2007年4月 5日
2. 多様化する消費者ニーズをどうつかむか
青山浩子(農業ジャーナリスト)
栃木県佐野市には、フルーツラインといって、桃や梨の直売所が10店舗以上軒を並べている通りがある。その店のひとつに入った時のこと。すぐさま、店を預かる奥さんが出てこられて「桃は柔らかいのが好みですか? それとも歯ごたえのあるタイプが好き?」と聞かれた。
すかさず「柔らかいタイプが好き」と答えると、十分に熟した白桃を手際よくカットして試食用に食べさせてもらった。口の中で甘さをじっくり味わっていると、別の桃がお皿に乗って出てきた。「歯ごたえのあるほうも食べてみてください。新しい品種で、甘さはあるんだけどカリッとしていてね。こっちがいいという人もいるんですよ」。
食べ比べをしていると、奥さんはもう次のお客さんの接客をしていた。30代と思われるある夫婦は、あっという間に2万円の買い物をしていた。キリのいい金額になったことで店の奥さんとお客さんとの会話はいっそう盛り上がっていた。その会話を横で聞きながら私はいろいろなことを思った。「直売所は“新鮮で安い”が売りのようにいわれるが、決してそればかりではないんだ」「むしろ直売所に来る人は、価格ではなく味や品質に、より価値観を置くタイプの人ではないか」など・・・。
広島県世羅町に行ったとき、ある普及員さんがこんな話をしてくれた。「休日と平日では直売所に足を向ける客層が違うんですよ」。休日は家族連れが多いので、売れる農産物も量が多く、割安感のあるものがよく売れる。
一方、平日は定年退職されたような夫婦、悠々自適に過ごす老夫婦がよく立ち寄るという。こういう人たちは自宅用にはさほど多くの量を必要とせず、どちらかというと量よりも質を重視。気に入ると贈答用にも注文してくれるという。「だから、直売所でも曜日によって商品の陳列方法、ディスプレーのしかたを考えることも必要だと思うようになった」とその普及員は話していた。
“消費者のニーズは多様化している。生産現場もそれに対応していかなければならない”――とはよくいわれるフレーズだ。消費者と直接やりとりする機会の少ない生産者にとって、多様化するニーズを具体的にどう受け止めたらいいか、生産にどう活かしたらいいか、つかみにくいかもしれない。
だが、作物のほんの一部でも直売所に出荷したり、宅配で送ったりしている生産者であれば、年齢層による好みの違い、あるいは性別によって喜ばれる品種がちがうなどを肌で感じているはずだ。そういった情報を整理し、発信していくことがこれからは求められていくのではないか。
以前、懇意にしている青森県のリンゴ農家から「東京都内のデパートでリンゴを売るので手伝ってほしい」といわれ、売り場に立った経験がある。たった2日であったが、おもしろい分析ができた。
「試食してみませんか」と声をかけて、売り場に立ち寄ってくれるのは、主に30才代の女性、そして60~80代の女性だった。概して高齢者はリンゴ好きで「一日ひとつ必ず食べます」といい、「薄切りしたリンゴと蜂蜜をトーストではさんで食べるとおいしい」などと、食べ方まで伝授してくれる人もいた。また、高齢者のなかに「いまのリンゴは柔らかすぎ。パリパリっとした硬めがいい」という人が少なからずいた。
この時は「ジョナゴールド」を売った。メジャーな品種だと思いこんでいたが、消費者にはあまり知られていないことを知った。品種では「フジ」への支持が圧倒的に高かったが、「王林」ファンも多かった。食べ物の好みは十人十色というが、少し気をつけて見ると簡単な分析はできるものだと実感した。
お客さんに喜ばれたのは、品種による味や食感の違いをマップにして表したもの。甘みの強い品種が好みであれば○○、ある程度酸味があるものが好みであれば○○という具合に一目でわかる。生産者であれば当たり前のように知っている情報を消費者は意外と知らない。言葉だけでなく視覚に訴えて情報を伝えていくことは、消費者に購入の選択の幅を広げてあげることにつながる。一日中立ったままの販売は決して楽ではなかった。だが、終えてみて「消費者は決して捨てたもんじゃない。こんなにリンゴに愛着を持つ人がいるなんて」と我がことのようにうれしくなった。
直売所に立ち寄ってくれるお客さん、売り子の声を無視せず、デパートの果物売り場に立ち寄ってくれるお客さん。いずれも生産者にとって逃してはならない上客だ。同時に、多様化する消費者ニーズが何かを教えてくれる応援者でもある。
(月刊「日本の農業」2006年11月号(全国農業改良普及支援協会発行)より転載)
1963年愛知県岡崎市生まれ。京都外国語大学卒業。JTB勤務、韓国留学後、(株)船井総合研究所等で農業コンサルに携わり、99年フリーに。著書に「『農』が変える食ビジネス」(日本経済新聞社)など。