提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【125】

2017年08月25日

斎藤農水相の誕生と農林族

ジャーナリスト 村田 泰夫


 安倍改造内閣で新しく農林水産大臣に就任した斎藤健氏は異色の経歴の人だ。東京出身の58歳で、東大経済学部を出て通商産業省(現・経済産業省)に入省した都会っ子。電力や石油などのエネルギー政策、日米自動車交渉などを担当した。自民党候補の公募に応じて衆院選に挑戦。2度目の平成21(2009)年に初当選した。選挙区は千葉県の野田市や松戸市など千葉7区という都市部。農業には関心は薄く、まったくの「門外漢」であった。

 その斎藤氏が農業にかかわることになったのは、当選2回目だった25年10月、自民党農林部会長に就任してから。農林部会長といえば、自民党農林族のトップで、これまではいわゆるドンが座るポストだ。当選2回の新人で、経産官僚出身である斎藤氏は、当時ずいぶんいぶかしげに見られた。


murata_colum125_2.jpg 斎藤氏によると、25年の参院選後の党人事についての希望アンケートで、「困難な仕事」と回答したら、当時の高市早苗政調会長から「農林部会長を」と告げられた。「さすがに、ひるんだ。どうせ斎藤はTPP(環太平洋経済連携協定)推進だろ、株式会社の農地取得賛成だろ、と言われる」。党の農林部会には一度も出たことがない。「怖いところという印象があった。つかみ合いのケンカとか」。思わず「農林か...」と言ったら、「だって困難な仕事でしょ」と高市氏に言い返された。「わかった」と言って引き受けたという。

 「なぜ私が農林部会長なのか」と自問する斎藤氏は、「農林関係(農林族)でない人に部会長をやらせたかったのだろう」と推測している。TPP大筋合意を控えて、農業改革の推進をめざす官邸サイドの強い意志が働いたことは間違いない。


 経産省出身で規制改革志向の強い斎藤氏の起用に、既存の農林族は警戒感を募らせた。斎藤氏があいさつ回りに行くと、ある農林族の幹部からこう言われた。「あなたは能力があるのだから、もっと広いところで」。これをほめ殺しというのだろう。「来るな」というのが本意だと斎藤氏は受け止めた。

 農林部会長は2年も務めた。慣例では1年交代だが、留任は異例。この間、コメの生産調整(減反)の見直し、日豪EPA(経済連携協定)の合意、農協改革の与党とりまとめに携わった。「何はともあれフェアに中立にやろうと。改革派べったりでも農林べったりでもなく、というスタンスを貫いてやってきた」。


murata_colum125_1.jpg そうした姿勢が評価されたのか、27年10月の内閣改造で農林水産副大臣に起用された。この間、日欧EPAの大枠合意、農業競争力強化法の国会審議や施行にかかわった。いまでは小泉進次郎氏(元自民党農林部会長)とともに、もう立派な「農林族」である。そう呼ばれたくないのなら、改革派の農政通と言ってもよい。そして今回、副大臣から大臣に昇格した。衆議院議員当選3回である。当選5回以上が入閣適齢期と言われる永田町で、異例のスピード出世である。

 内閣改造の方に目が向きがちだが、今回の内閣改造・自民党役員人事で注目しなければいけないことがある。それは、自民党の農林族の有力者たちで作る「インナー」と呼ばれる非公式の幹部会メンバーが、党や政府の要職についてしまったことだ。

 小泉農林部会長は党の筆頭副幹事長になった。斎藤氏は農水相に、林芳正・元農水相は文部科学相に、森山裕・元農水相は党国会対策委員長に、宮腰光寛氏は首相補佐官に転出した。インナーで残ったのは西川公也・党食料戦略調査会長ぐらい。


 安倍内閣になってから、農政の大きな改革案は、農水省ではなく官邸主導で作られてきた。主導役は規制改革推進会議である。コメの生産調整の見直しや全農改革を含む農協改革は、官邸主導だった。急進的とも言える規制改革推進会議の改革案を、自民党農林族のインナーが押し返してきたことも、これまではあった。攻められる一方の農協にとって、党農林族のインナーは頼みの綱だった。そのインナーの有力者たちが軒並み転出してしまうことは、農林族の解体を意味することにならないか。農協は危機感を募らせている。


murata_colum125_3.jpg 斎藤氏を農水相に抜てきした安倍首相のねらいは明らかである。本格的な市場開放時代を迎えている日本農業の体質強化である。

 米国のトランプ政権がTPPからの離脱を宣言してしまったが、日本政府は米国抜きの11カ国で自由貿易協定を結ぶTPP11(イレブン)をめざす。後になって米国がTPPに戻ってきたときの受け皿にもなる。さらに、EU(欧州連合)との自由貿易協定である日欧EPAでも大枠合意に達した。斎藤農政に課せられた課題は、市場開放にもきちんと対応できる強い体質の日本農業を構築することである。

 市場開放対策といえば、ウルグアイ・ラウンド(UR)農業合意の際には、6兆円余りの対策予算を積んだ。でも、その予算で国内農業の体質が強化されたわけではなかった。対策の基本は経営所得安定対策である。経営努力は生産者に委ねるが、関税引き下げという生産者の責任ではない価格下落に対しては、セーフティネットを張るという考え方だ。斎藤大臣の手腕が問われる。(2017年8月24日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。