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ぐるり農政【65】

2012年09月25日

穀物価格の高騰と日本の減反

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 56年ぶりという熱波と日照りによる大干ばつがアメリカを襲っている。トウモロコシと大豆の値段は史上最高値をつけた。その後、一時反落したとはいえ、穀物価格の相場は依然、高い水準にある。影響はすでに日本にも波及し、食用油やバター、小麦粉の値上がりにつながっている。穀物の需給がひっ迫しているというのに、日本は相変わらず米の生産調整をやめない。強い違和感を抱く人が多いのではないだろうか。


 干ばつとは、長い間、雨が降らずに土地が干からび、農作物が育たないこと。米国政府によると、穀倉地帯といわれる米国中西部を中心に国土の6割で干ばつの被害が出て、その規模は1956年以来、実に56年ぶりだそうで、米国政府は「非常事態」を宣言している。

 8月になってトウモロコシの価格は、1ブッシェル(約25kg)当たり8ドル台を突破、大豆も17ドル台に値上がりした。いずれも史上最高値である。小麦も9ドル台をつけ最高値に迫る値上がりだ。2、3カ月前と比べてトウモロコシと小麦が5割、大豆が3割も値上がりしている。


 穀物価格の高騰は、干ばつだけが原因なのではない。米国産のトウモロコシが、食料や飼料としてではなく、車の燃料として消費される量が増えていることも一因なのだ。すでに全生産量の約4割が燃料向けだ。米国は中東への原油依存度を下げるため、トウモロコシからアルコールの一種であるエタノールを生産し、それをガソリンに混ぜて使うことを法律で義務づけている。 燃料向けのトウモロコシを食料や飼料用に振り向ければ、穀物価格の高騰を抑えられるので、「トウモロコシを車の燃料にするな」という声が、飼料価格の値上がりで困っている畜産業者から出ている。米国ではいま「食料用か燃料用か」という論争が巻き起こっている。

 投機資金の流入も価格高騰に拍車をかけている。将来の値上がりを見越して高くなったら売り抜けようという投機資金が、買い注文をどっと出しているのだ。


 穀物価格の高騰で困る人はたくさんいる。トウモロコシというと、私たちは夏にゆでたり焼いたりして食べるトウモロコシを思い浮かべる。それはスイートコーンといって野菜で、そのほとんどは国産である。いま問題になっているトウモロコシは畜産の飼料(えさ)となる穀物で、そのほとんど全量を輸入している。家畜には、えさとして牧草や干し草が与えられる。さらに、牛乳の出をよくしたり、肉の質をよくしたり、あるいは卵をたくさん産むようにするには、栄養価の高いトウモロコシや大豆、小麦などの穀物が与えられる。家畜のえさの値段が上がると、牛肉、豚肉、タマゴ、それに牛乳、バターなどの乳製品の値段が上がる。


 大豆の値上がりは、豆腐や納豆などの大豆製品のほか、食用油の値上がりにつながる。小麦の値上がりは、パンやめん類などの小麦製品の値上がりになる。すでに家庭用の食用油は10%程度、バターは3%程度の値上げをメーカーが発表し、政府は小麦粉の業者への売り渡し価格を10月から3%引き上げる。いまは物の値段が下がるデフレの時代なので、メーカーとしても原料の値上がりを製品価格に転嫁しにくい。名目上の価格が上がらなくても、これまでスーパーの「特売」で安売りされていたものが、特売の機会が減り、実質的な販売価格が上がる傾向にある。


 日本のような豊かな国は、国際相場が上がっても穀物を買うことができる。しかし、貧しい国では十分に買えず、食料品不足が起きかねない。食料品価格の急激で大幅な値上がりは、国民生活を直撃し、社会不安の一因となる。2008年、バングラディシュやコートジボアール、ハイチなどで暴動が発生したのも食糧危機が原因だった。


 では、穀物価格の高騰に、輸入国である私たち日本はどのように対応したらいいのだろうか。日本は年間消費する1600万tのトウモロコシの、ほぼ全量を輸入している。私たち日本人が年間食べるお米の量は約800万tだから、その量の多さに驚く。輸入先のほとんどは米国で、昨年まで9割以上を米国に頼っていたが、増産し始めたブラジルやアルゼンチン、ウクライナからの輸入が増える傾向にある。

 とくに今年に入ってから、品質がいいうえ割安なブラジル産の輸入が急増し、今年は米国からの輸入割合が8割を切りそうだという。米国一辺倒から脱却し、輸入先を分散するのも、穀物を安定的に確保する一つの方策だ。

 根本的な対策は、国産の穀物を増やすことだが、トウモロコシや大豆、小麦などの穀物の生産には広い農地が必要だ。農地面積の狭い日本としては、家畜のえさとなるトウモロコシや、パン・めん類の原料となる小麦の生産を増やしたくても、農地がない。


 一方、「米をつくる水田は余っている」というので、日本はもう40年以上も米の生産調整、つまり「減反」を続けている。世界では穀物需給がひっ迫して価格が高騰し、日本は家畜のえさ用として大量の穀物を外国から輸入している。なのに、日本国内では耕作放棄地が広がり、米どころでも草ぼうぼうの水田が目立つ。

 もちろん、政府は手をこまぬいていたわけではない。余っている主食用米の作付をやめ、麦や大豆への転作を奨励したり、最近では「飼料用米」や「米粉用米」の生産に助成金を出したりしている。日本は「瑞穂の国」であり、水田の生産性は高い。そこで、米を増産し、その米をトウモロコシの代わりにブタやニワトリなどの家畜のえさにしたり、米を粉にして小麦の代わりにパンやめん類、ケーキの原料にする政策は理にかなっている。


 でも、政策は空回りしているように見える。耕作放棄地を解消し、草ぼうぼうの水田をなくすには、減反政策をやめるしかない。主食用米は余っているかもしれないが、そのことは農地が余っていることを意味しない。大量の穀物を輸入していることから明らかなように、農地は足りないのである。穀物価格の高騰で食糧危機が来ると騒ぐ一方、減反の強化を訴えるのは理屈が通らない。 (2012年9月24日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。


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