学会で発表することもあるんです
2009.12. 2
今回は、普及指導員も学会発表する事がある、というお話しです。まぁ、発表と言っても研究発表ではなく、「普及の現場から」と題した講演だったのですが。
去る11月26日に徳島県立農業研究所で行われた、日本作物学会四国支部・日本育種学会四国談話会共催公開シンポジウムで、約60人を前に「阿波藍の現状と課題~ジャパンブルーの復活を目指して~」と題した講演を行いました。
徳島と言えばやっぱり「藍」? という話かどうかよく知りませんが、県外の研究者に、藍の事を知ってもらうよい機会と思い、引き受けた次第です。
左 :発表のタイトル。こういうデザインを考えるのが大好きです
右 :発表中。スーツなんぞ久しぶりに着ました。シャツはもちろん藍染め。自分で育てた藍で「すくも」を作って染めました。質疑でもシャツについて尋ねられたりして、けっこうウケました。作戦成功!
左 :発表中。かなりの高視聴率だったと思います。何だかプレゼンが上手になったように感じました!
右 :Japan Blue Revolution と題した私の主張。水面下でゆっくりと進行中です・・・
講演では、阿波藍の現状や現在の取り組みを中心に、将来像についても私見を交えてお話ししました。発表後の質疑では、大学生から励ましの言葉や、他県の研究者や大学教授から「藍についての理解が深まった。」とうれしい言葉をいただきました。ちょっと緊張しましたが、大変有意義な一日となりました。
以下は講演の締めくくりでお話しした内容です。藍に対する私の想いが、みなさまに伝われば幸いです。
◆◆
『藍を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化し、藍と言えば「すくも・藍染め・徳島の特産物」という認識は過去のものになりつつあると感じています。現に、新用途利用分野では、他県の方がはるかに進んでいるのが実態です。
徳島の貴重な資源である阿波藍、それが本当に過去の遺物とならないよう、いま打てる手は打っておくべき、というのが私の考えです。
明治20年頃のインド藍輸入、明治36年のインディゴピュア輸入で衰退した阿波藍に、三度存亡の危機が訪れています。関係する人々が協力してこの危機を乗り越えることは、阿波藍のみならず「多くの日本文化を守ることに繋がる」と信じています。そのためには、新たな需要を創出し、同時に原料生産基盤を強化してゆくことが、絶対不可欠なのです。
さまざまな取り組みを通して、日本人にとって藍を再び身近なものとできるなら、そこから新たなジャパンブルーの歴史が始まるかも知れません。その時、阿波藍が中心的存在でいられる事を、切に願います』