普及指導員が現場で活躍する日々をレポート
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大分県
塩崎洋一

昭和の風景(1)

2022.12.23

 昭和63年、新採用されて配属された普及現場は、県北部でした。当時は、ご想像のとおり、複合経営の中での少頭数を飼養する農家がほとんどでした。
 また、そうした地域の家屋は昔ながらの間取りで、母屋と牛舎が壁一枚でつながっていたりするところも多かったです。当然ながら、別棟でも、そうそうリッチな牛舎はありませんでした。餌箱に水槽がある程度。スタンチョン(※)なんか皆無でした。


 その後、平成の時代を経て規模拡大が進み、県内でも、地域によっては飼養農家数が減少しても牛の頭数は増加した、というところもあります。
 こうした流れの中で、補助事業を活用して牛舎を新築したり増築する農家がある一方、お金をかけずに牛舎を作る方もいます。


 この日は、勤めを引退された方が牛を飼い始めたところに伺いました。
 頭数はさほど多くないですが、飼養環境は管内でも有数な良いところと言えます。
 とにかく広さにゆとりがある。何よりです。だけど、牛舎そのものにはあまりお金をかけていない、というところです。


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曇り空で薄暗く感じますが「こんなところで退職後の牛飼い、俺もやりたい」と思います


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運動場も広くあって、問題なし。ここに来るまでの道が少し狭いですが・・・・贅沢な場所です


(※) スタンチョンとは「首かせ」という意味。牛さんが餌を食べる時に頭を出しますが、そのときに鉄枠がはさまって、牛さんをその場所に留めておくことができる。そして人工授精をしたり治療ができる。
(参考)畜産現場のIT化


塩崎洋一

昭和63年に大分県で普及員として奉職。 令和4年3月に早期退職して農業に踏み込み始めたが、普及現場の要請により中部振興局を舞台に、普及活動の第二幕が上がった。臼杵市在住。

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