普及指導員が現場で活躍する日々をレポート
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大分県
塩崎洋一

私の過去を知るひと

2017.12. 6

 後継者組織のH会長宅に伺ったら、会長の親父さんがぼやいていました。入れた燃料に水が入っていたとか。
 ドラム缶の中で結露が生じて、だんだんと水が混ざったようだ、とのこと。数十分後にエンジンは復活しましたが、燃料の保存管理には気をつけたいものです。


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経営継承も立派に果たしているH会長の親父さん、機械相手にぼやいてました


 ところでこの親父さん、農業関係団体のOBですが、牛を飼っていた私の父親とも懇意にしていた方です。訪ねるといつも「親父は元気か?」に始まり、昔話は私の知らないことにまでいたります。
 実家が農家の普及指導員は、何かと現場でやりにくいことがあるかと思いますが、例にもれず親父さん、息子のH会長の前で私のことを話し始めます。「こいつは子供の時にはのう・・・・」といった具合です。
 そういう話の場合、本人は覚えていないことが多いですが、話を盛られると、「それ、本当ですか」という目線が会長から向けられたりする束の間でした。

塩崎洋一

昭和63年に大分県で普及員として奉職。 令和4年3月に早期退職して農業に踏み込み始めたが、普及現場の要請により中部振興局を舞台に、普及活動の第二幕が上がった。臼杵市在住。

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