提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【62】

2018年05月10日

竜頭蛇尾のプリプリ虫――ハンミョウ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 「穴、またできてたよ」
 家族がうれしそうに言う。
tanimoto62_1.jpg 穴といっても、落とし穴ではない。それはそれで面白いが、いい大人が喜ぶことではないだろう。
 ここでいう「穴」は、わが家に昨年から見られるようになったミステリーサークルのことだ。
 それは突然のように現れた。
 玄関わきにある1m四方のスペース。かたい土の表面にできた直径3mmほどの丸い穴だ。それが30個近くあった。
 ある部分は地上に描かれた北斗七星。またある部分は、サイコロの目のように並んでいる。
 いまの家に住んで20年は過ぎたが、それまでに見たことはない。何度も土をひっくり返してはあちらへ運び、こちらに盛ってという作業を繰り返してきたので、ちっぽけな土地なのに、土の環境は一定しない。
 思い当たるのは、駐車場を広げようとして、その工事のときに出てきた土を持ってきて、かためたことだ。
 そのあとに、穴はできた。
右 :わが家に初めて現れた幼虫の巣穴。狭いところにいくつもあった


 ――どこかで見たような気がするよなあ。
 そしてそれは、幸いにもすぐに思い出せた。ハンミョウの幼虫の巣穴だ。
 コモウセンゴケを見つけた場所で、似たような穴を見たことがある。穴の入り口にはハンミョウの成虫の死がいがあったから、間違いないだろう。


tanimoto62_11.jpg  tanimoto62_9.jpg
左 :ハンミョウのはねが残っていた。垂直の壁のようなところだったが、これが巣穴の痕だろうか
右 :ハンミョウの英名は「タイガー・ビートル」だが、古代獣のサーベルタイガーを思わせる迫力がある


 ハンミョウは日本で20種ほど知られるが、そのハンミョウはナミハンミョウとも呼ばれるもので、国内では最大種とされる。「道おしえ」とか「道しるべ」とも俗称され、人間が進もうとする道の前に飛んでは道案内をしてくれるようなことをする。
 もっともそれは人間が勝手に想像するだけだ。ハンミョウにはハンミョウなりの考えがあって、もしかしたら、「ちょっとからかってやるかな」ぐらいの気持ちで遊んでいるのかもしれない。
 「ハンミョウというのはアレか、媚薬の原料にしたとかいう......」
 その道にちょっとだけ詳しい友人に尋ねられたことがある。だがそれはツチハンミョウとかマメハンミョウのことで、名前こそ似るがまったくの別種であり、毒性物質を有する虫なので注意が必要だ。


tanimoto62_5.jpg  tanimoto62_3.jpg
左 :かつてよく見かけたハンミョウはこんな感じだったが、最近はずいぶん減ったように思う
右 :名前は似るが、姿はまったく異なるツチハンミョウ。これはこれで魅力的だが、安易に手を出すことは慎みたい


 わが家で見つけたのは、ナミハンミョウではない。なぜわかるかというと、成虫自体は何度か見ているからだ。
 その子であるのかどうかまで確たる証拠はないのであるが、おそらくまあ、当たっているだろう。このあたりに、ぼくのいい加減な性格が顔を出す。
 その顔ではないおそろしげな顔を穴ぼこからのぞかせるハンミョウっ子が、あの有名な「ニラムシ」であるというくらいの知識はある。むかしの子どもたちはこの穴にニラの葉をつっこんで、なかにいる幼虫を釣り上げたものである。
 といいながら、ぼく自身は試したことがない。ハエトリグモやコガネグモ、コオロギのけんかと並ぶ、あこがれの虫遊びだ。それが自分の家で実現する。
 そう思っただけで一日中うれしく、さあ、あれが済んだら試してみよう、いや、いまのうちに......と実行の時を選び、それ自体をまた楽しんだ。


tanimoto62_4.jpg  tanimoto62_7.jpg
左 :こちらはことしの巣穴の主。場所が異なるから土の色はちがうが、住民の区別まではつかない
右 :夏の庭にいたハンミョウのカップル。これがわが家の穴虫の成虫だろうか。たとえちがっても、毎年歓迎するつもりだ


 穴をじっと見ていると、いかつい毛むくじゃらの顔が見えた。
 それがあっちの穴、こっちの穴と、あちこちで見える。
 見えるのは確かなのだが、ひとの気配を感じるとすぐに引っ込む。モグラたたきゲームの様相だ。
 それにめげていては、大業を成すことはかなわぬ。
 ――ん、大業?
 そこまで大それた計画ではないが、わが人生を振り返れば初めての挑戦であることは確かである。
 ある人は、糸に結び目をこしらえて入れると成功率が高いという。
 別の人は草の茎を放り込んでおき、大きなあごでかみついたところを見計らって引き上げればいいという。 
 それとも古典的に、ニラを使うか? ニラもいつか訪れるニラムシ釣りのために植え付けてある。
 結論を言えば、昨年は失敗した。むかしの子どもたちはみな、剣豪であったようだ。


tanimoto62_12.jpg そして毎日が過ぎ、ことしになった。
 と、あるではないか、またあの穴々が!
 ぼくは小躍りせんばかりに喜んだ。
 実はことしになればまた、同じ場所に同じような穴ぼこがいくつも出現するのではないかと期待していたのだ。
 ところが、なかなかお目にかかれない。
 と思っていたら、玄関から庭に設けた小さな菜園に向かう道々、いやそんなに大げさなスペースはないが、通り道はある。その道に点々と、いくつも見つけることができた。
右 :いま現在お住まいの巣穴。狭い範囲に、こんなにもある


 うれしかったのは、昨年の初出現とちがって、数がうんと多かったことだ。
 わが意が天に通じた。
 そう思ったぼくは、今度こそなんとかしてニラムシ釣りを成功させねばならぬプロジェクトを計画した。略称「こんなんプロジェクト」である。
 週末には新たな農作物栽培スペースを確保するためのくわを振るった。
 ところが、あまりにも張り切ったせいか、いちばんきれいに並んでいた一角を崩してしまったのだ。「しまった!」と思ったときには、あとの祭り。無残にも、穴々の上に、野菜たちが喜びそうなやわらかい土がかぶっていた。
 なんという失態。なんということをしたのだと自分自身を呪ったが、もう遅い。ニラムシ釣りはまたまた遠のいた。


 しかし、である。
 用意周到なこのぼくは、連休中に出かけた別の場所で、すでに試していたのである。
 だがだが、草をつっこみ、確かにいる証拠に草がゆらりと揺れても、釣り上げることはできなかった。
 穴は、わが家の比ではない。たくさんある。
 だったら、ひとつやふたつ、お住まいを拝見してもいいのではないか。カガク的探究のためにお許し願おうということで、3匹の幼虫との対面を果たした。
 奇怪である。
 穴からのぞいていた顔はやっぱり、おっかない。穴にフィットするサイズ、顔の面積のわりに大きな目玉が、成虫の正面からの姿をほうふつとさせた。


tanimoto62_2.jpg  tanimoto62_6.jpg
左 :きっと数学が得意なのだろう。丸い穴の入り口にぴったりはまるハンミョウ幼虫の顔
右 :腰のあたりの突起がユニークさに拍車をかける。それにしてもうまい仕掛けではある


 意外なのは、その顔の後ろに続く、本体とでもいうべき虫体だ。透明感を漂わせた白っぽい肌は、どんぐり虫として何度か見たゾウムシ類のそれに似ていた。プリプリ感たっぷりで、食べたらさぞかしうまそうである。
 何なのだ、あのいかつい顔は。きゃしゃともいえる透明ボディーとのアンバランスがすごい。竜だと思って恐れていたら、何のことはない、しっぽはヘビだったという尻すぼみ状態のことわざを思い出した。
 だが、そんなことは先刻承知であるかのように、腰のあたりには何やらカギのようなものがある。ちょいと学習したところによると、細い穴の中で壁にひっかけることで、大きな獲物に引きずられるのを防ぐストッパーの役目をしているらしい。
 ヤツらはそうやって穴の中で待機し、獲物が近づいたとなるとやにわに体をそらして、穴のそばにいる獲物に襲いかかるのだ。
 いやはや、恐れ入谷の鬼子母神である。


tanimoto62_10.jpg  せっかくゲットしたハンミョウのお子さまは、100円ショップで手に入れた試験管の中で飼っている。だがいまのところ、あれだけうまくこしらえていた穴が見えない。さて、無事に育つだろうか。野道で見つけたので、もしかしたらナミハンミョウかもしれないという期待もこめているのだが......。
 それにしても、野外育ちはたくましい。不注意で破壊した庭の穴はなんと、翌朝には元通りになっていた。やっぱり自然がいちばんだね。
右 :試験管の中の幼虫。獅子舞の頭のようにも見えて、親しみがわく

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。