提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【47】

2017年02月10日

究極の個人プレー――イラガ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 昆虫愛好家とか虫屋、とりわけコレクターと呼ばれ標本づくりにヨロコビを見いだす人たちはたいてい、植物に詳しい。なぜなら、自らの手で幼虫を飼育せねばならぬからだ。
 そのために、どんな植物をえさにし、幼虫の間にいかほど消費するかをコンピュータのごとき正確さで予測し、集め、与え続ける。チョウであれば鱗粉のひとかけらも落としてなるかという強い意思を持ち、新成虫を手にするまで細心の注意を払っている。


 植物ということでは、ガーデニングを趣味とする人々もまた多い。ガーデナーと虫のコレクターとの違いは、多種多様な植物に目を向けるかどうかであろう。
 ガーデナーもいろいろだが、「わたくし、シナモンバジル一筋ざますの。あの高貴な香りに比べたら、ほかのハーブなんて、足元にも及びませんわ。オホホのホ」などとのたまうご婦人はまずいない。しかもほとんどは、外国から入ってきた草花の栽培に情熱を傾ける。

tanimoto47_18.jpg 虫のコレクターは、色や種類の多さにはとんと関心がない。間違っても寄せ植えにしようと考えることはなく、アサギマダラならキジョランやイケマ、アオバセセリやスミナガシにはアワブキ、ヤマビワ、ミヤマハハソといった一般ガーデナーではその名前さえ知らぬ在来植物を誤ることなく野山で見いだし、維持し、せっせと彼らの愛虫に食べさせる。それができないと育ての親失格のらく印を押されることは目に見えている。
 ぼくはそのどちらでもない。いや、どちらにもなれないと言った方がより正確かもしれない。
 いわば、どっちつかず。だからなのか、どうでもいいような植物に心が動く。
右 :トランプのジョーカーを思わせるスミナガシの幼虫はアワブキをえさにする。多くのチョウは決まった植物しか食べないものだ


 たとえば、キカラスウリだ。かなり以前から、探している。
 「この前、散歩に出かけた公園にいくつかぶら下がっていたよ」
 すばらしい! よくできた家族だ。 
 「では再びその地におもむき、1果2果、採集してくるがよい」
 実際にはもっと丁寧に丁重に頭を下げたのであるが、バードウオッチングの途中で見つけたということで、とても採れるような場所ではなかったという。

 それでもあきらめずに思い続けると、チャンスは向うからやってくるものだ。佐賀県に出かけた際、農業用水のほとりの大きな木で鈴なりになったキカラスウリをついに発見した。
 果皮にはまだつやがある。あれならきっと、立派でふくよかな種子がわんさか入っていることだろう。
 もはや、うきうき、うひうひ気分である。


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左 :ようやく巡り合ったキカラスウリ。立派なのがいくつもぶら下がっていた
右 :これは全国的によく見かけるカラスウリ。中身をくり抜いてろうそくを立てればランタンになる


 キカラスウリは、芋のような塊根をこしらえる。そのでんぷんから天瓜粉がとれることは、よく知られた事実で、かつてはあせも肌に塗る粉として流通していた。ぼくが生まれ育った名古屋市では、「てんかふ」と呼んでいた。
 今風に言うなら、ベビーパウダーだ。塊根でなくても、果実に含まれる種子をまいて育てればいい。
 ちょうど足元に1果ころがっていたので、靴で踏みつぶした。打ち出の小槌にたとえられるカラスウリのものとは似ても似つかぬ、つるんとした種子だった。大ぶりのメロンの種子といった形である。
 それと同じ種子を有するはずの果実を数個いただくつもりで、木にもっと近づいた。


tanimoto47_10.jpg ぎょぎょぎょ!
 魚ではないが、こんなことがあるのかというオドロキの物体をその幹、その枝で見つけてしまった。キカラスウリに気をとられて見落としていたのだが、見ればおやまあ、なんと、そこらじゅうにくっついているではないか。
 イラガの繭。俗にいう「スズメノショウベンタゴ」である。
右 :よく見かけるイラガの繭は、こうして単独で枝にくっついているものだ


 虫好きにも好き・嫌いがある。ぼくは、うねうねぷにょぷにょしたものが苦手だ。その代表は芋虫・毛虫である。
 そこへきてソイツが毒持ちだったら、2つぐらい×印を付けてやりたい。見ているだけでもいやなのに、ちょいと手を触れただけで毒針が刺さった日には、泣くに泣けない。だからふだんから虫のベンキョーに励み、コイツはいいやつ、コレは悪いやつと最低限の区別はできるように研さんを積んでいるのだ。


tanimoto47_3.jpg わが家では、ドクガかイラガがいちばんの警戒昆虫だ。ツバキ、サザンカのせん定をサボると「いひひ、よかチャンスばい」とみるのか、知らぬ間にドクガの学校ができている。いくらか彼らの親の身になってみれば、実にお行儀よく食事をなさっている。
 そういう良い子たちに接する際には割りばしを用意し、1匹ずつ丁寧につまんで水を張った水槽に移っていただく。決して気を抜かず、最大限の慎重さで扱うよう心がけねばならぬ。
左 :ドクガの幼虫。見るだけで体がかゆくなりそうだ


 おそらく多くの害虫防除書には、そんなことは書いてない。あまりにもリスクが大きく、大きな声を出して薦められることではないからだ。それでもなお、ぼくはその方法を繰り返している。
 裏を返せば、つまみ出し作戦が成功するだけの修業をそれだけ積んでいるということになり、つまりは庭木の管理がおろそかであるということにほかならない。


tanimoto47_4.jpg ドクガの最大の防御策は、枝や葉が混み合わないように日ごろからしっかり管理するということに尽きる。風通しが良ければ、ドクガの母親も「あらま、こんなに見通しがきくような場所じゃ、危険すぎるわね」と産卵を敬遠するはずだ。
 ドクガは集団でいるからタチが悪い。
 だったら単独行動をとるなら良い子たちかというと、そうでもない。いい例がイラガである。
右 :「イラガ」という標準和名の正統派はこれだ。たいていは単独行動をとる


 イラガは国内で何種か知られるが、わが家でよく見るのはヒロヘリアオイラガだ。「イラガ」という標準和名の本家イラガに比べると偏平な印象があり、その繭もイラガ繭より平べったい。
 ヒロヘリアオイラガが厄介なのは、イラガとちがって集団で生活することである。ドクガに似て、仲良く食事している幼虫をよく目にする。正面から見るとどことなく愛らしいが、それが詐欺まがいの装いであることはよく知っておくべきだ。全身に毒針を装備し、臨戦態勢であるから警戒を怠ってはならない。


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左 :ヒロヘリアオイラガの幼虫。こちらは控えめの小集団
右 :「どや。きれいだろ。さわってもええで」(なんて思っているのかなあ)


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左 :行儀よく並んでお食事中のヒロヘリアオイラガのお子様たち。かわいい顔をしているけど......こわいよ
右 :ヒロヘリアオイラガの成虫。おとなになると、意外に落ち着いた印象だ


 マンションのような密集型の繭をよく見る。昨年は、玄関近くに植えたヤマボウシの木で、数匹の幼虫を見つけた。ふんが地面に落ちていたことから、まだ繭になっていないことが知れた。まさにベンキョーの成果だ。そこで完全に葉が落ちるまで待ち、繭を取り除いた。
 ヒロヘリアオイラガの繭はマンション、イラガは戸建て――。
 ぼくの頭の中のデータは長いこと、修正されることがなかった。

 ところが、佐賀県で見たキカラスウリの木のイラガの繭はなんと、マンション型だったのだ。
 見間違いかと思って見直したが、ぼくの知識ではやっぱりイラガの繭そのものである。
 幼虫1匹にも手を焼くというのに、集団で暴れたらどうなるのだろう。


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左 :ヒロヘリアオイラガの繭はよく、こうした集団で見かける
右 :びっしり張り付いていたイラガの繭。ふだんは点在するものしか見ないから、ちょっとした驚きがある


 その木のすぐ隣にはソラマメが植えてあった。豆を収穫するころにはイラガも羽化していよう。
 ソラマメは漢字で、「蚕豆」と書くことがある。蚕なら許せるし、むしろ人間に益をもたらす。
 イラガ繭の中から取り出す「玉虫」はさなぎになる前の前蛹と呼ばれる状態であり、針にからめとって、タナゴ釣りのえさにする。強いて益を語れば、イラガが役に立つのはその前蛹だけであろう。


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左 :「イラガの木」の隣にあったソラマメの畑。豆はともかく、農家の人は大丈夫かなあ
右 :ヒロヘリアオイラガの幼虫と、その繭を割ったもの。中で幼虫が丸まっていた


 キカラスウリとイラガの関係は知らない。もしもイラガが好む植物のひとつだったら、あるいはイラガを呼び寄せる物質を出すものだったら......。うねうねぷにょぷにょが苦手なぼくは思いがけず、やっとのことで手に入れたキカラスウリの種子を庭にまいていいのかどうか迷うハメになった。


 天敵は、鳥だろう。そう考えて調べたら、イラガの繭をつつくキツツキの写真が見つかった。さしもの繭も、かたい木にたやすく穴を開ける彼らの攻撃には勝てまい。
 ぼくは決めた。キツツキを呼び込もう。そのためのえさ台はすでにある。
 だけどだけど、キツツキのえさって、いったい何だ? 台所にあったっけ?
 イラガ繭がえさのひとつであることは確かだが、そのためにはイラガ繭がたくさん必要だ。
 それにはイラガをうんとふやして、幼虫をわが家の庭木でいっぱい育てて......。
 うーん。悩みは増すばかりで、刺されてもいないのにイライラしてきた。これも害のひとつに加えたいよなあ。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。