食の「ものさし」を捨てるときが来た 【1】
2008年02月22日
短角牛から時代が見える
農産物流通・ITコンサルタント 山本謙治
数えてみると昨年は、岩手県北部に10回以上も足を運んでしまった。衝撃の出会いがあったからだ。
「短角和牛」――いわゆる短角牛と呼ばれる牛だ。
国産の肉用牛は、ほとんどが海外産のコーンなどの濃厚飼料を食べて育つが、短角牛はライフサイクルの半分を、牧野(ぼくや)と呼ばれる草地で過ごす。母牛は、草と水と少量の塩だけで子牛を産み、自分の身体まで成長させる。雪が降って草を得られなくなると牛舎に入るが、そこで地元由来の乾草や豆類、デントコーンなどの国産飼料を与えて育てる農家も多い。
短角牛肥育が盛んな二戸市のある組合では、自分の家で牛舎を建てられない人のために母牛オーナー制度という試みをしている。
放牧と牛舎での世話を組合でしてくれるもので、通常は二戸在住の農家さんでなければならないのだけど、無理を言って僕も母牛のオーナーにならせていただいている。もうこの母牛の体内には初めての子が宿っており、5月あたりには産まれてくる予定だ。
通常なら産まれてきた仔牛を育成したら、肥育素牛として市場に出荷して販売する。
いまは相場がいいので売れば利益が出てくると思うが、僕は売る気がない。知り合いの、信頼できる肥育農家に依頼して肉牛に仕立てて貰い、それを親しい精肉卸さんにさばいてもらい、自分の短角牛の肉を様々な食べ方をして黒毛和牛と食べ比べをする会を開きたいと思っているからだ。
短角牛の最大の特徴、それは、黒毛和牛と比べて「肉が旨い」ということである。
黒毛和牛は、肉にきめ細かくサシが入りやすいということが最大の特徴だ。A4、A5といった等級の極端な霜降り肉はマーケットで評価され、テレビなどでもほとんど淡いピンク色にしかみえない霜降り肉がもてはやされる。
一方、短角牛の肉は粗いサシが少し入る程度に留まり、運動して育つために枝肉歩留まりも低いため、低い等級と評価されてしまう。
でも、旨いのは短角の肉なのだ。肉に含まれるアミノ酸の量は黒毛の二倍に達すると言われるその肉は、ただ焼いて塩で食べるだけで十分に美味しい。
あるグルメ雑誌ではシェフが最も使いたい肉のナンバーワンに輝いたと言う実績も持つ。僕の知り合いのシェフはみな、「どうやったら手に入るんでしょうか」と、使う気満々である。それなのに、短角牛の肉は安く評価されてしまうため、生産農家・頭数ともに徐々に減っているのが現状だ。
短角牛の問題は、日本の食文化が迎えようとしているターニングポイントを端的に表していると思う。現在は、豊かな「品種の時代」を迎えるか、それとも「食文化の喪失」へと向かってしまうかという岐路にあると思うのだ。(つづく)
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やまもと けんじ
株式会社グッドテーブルズ代表取締役・農産物流通・ITコンサルタント。
「月刊JA」、「やさい畑」などに連載を持ち、著書に「実践 農産物トレーサビリティ」(誠文堂新光社)、「やまけんの全国出張食い倒れガイド」(4×4マガジン社)などがある。現在、日本農業新聞「やまけんの舌好調」連載中。ブログ「やまけんの出張食い倒れ日記」も人気が高い。