党利党略に振り回される農政

 「ネコの目農政」─ころころ変わるわが国の農政をからかった言葉だ。農業者は何をどれだけ生産したら経営が安定するのか戸惑ってしまう。明るい展望が描けず、就農したくても新規就農者は尻込みしてしまう。主食であるコメの市場価格は、乱高下を余儀なくされる。なぜ農政の腰が定まらないのだろうか。農村票を意識した政党の圧力に農政当局が振り回されるからである。


 農業政策は、いうまでもなく、国民に良質な食料を安定的に供給することが最大の使命である。国内での農業生産を安定的に拡大させ、消費者・国民が安心して口にできるようにしなければならない。その使命達成に、政界の党利党略は関係ないはずである。ところが、わが国の農業政策は党利党略にもみくちゃにされてきた。残念なことである。防衛政策と食料政策は、政権が交代しても大きく変わるべきではないと思う。


10_2017murata1.jpg 過去10年の農政を振り返ってみよう。最大の出来事は政権交代である。10年前の平成19(2007)年の参院選で民主党が勝利し、21年の総選挙でも民主党が圧勝。同年9月に鳩山由紀夫氏を首相とする民主党政権が誕生した。ところが政権運営の未熟さと消費税増税が国民に嫌われ、24年の総選挙で民主党が大敗。同年12月に自民党・公明党連立政権が復活した。それ以来、安倍晋三政権が続いている。


 近年の農政上の最大の争点は、太平洋を取り巻く12カ国で自由貿易を推進するTPP(環太平洋経済連携協定)交渉だった。最も熱心だった米国がトランプ政権の誕生でTPPから離脱し、発効の望みはなくなった。それはさておき、わが国でTPP交渉を強力に推進し合意に持ち込んだのは自民党の安倍政権である。一方の野党は民進党(旧・民主党)を中心に「断固反対」を叫び、国会でも厳しく安倍政権を追及してきた。


 しかし、TPP交渉入りを最初に模索したのは、民主党政権時代の菅直人首相だった。22年10月の所信表明演説で「参加を検討」と意欲を見せた。それに対し、野党時代の自民党は「TPP参加反対」を決議し、24年12月の総選挙では、こんなポスターをばらまいた。「ウソつかない・TPP断固反対・ブレない─日本を耕す自民党」。その効果もあったのか、自民党は大勝し、民主党政権は崩壊した。


10_2017murata2.jpg ところが、政権を奪還した自民党の安倍首相は、就任後すぐにオバマ米大統領(当時)と会談し、「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になった」としてTPP交渉参加を決断した。あとはご存知の通り、大筋合意へ向けてまっしぐら。野党に転落した民主党は、TPP参加の口火を切ったことなんか忘れたかのように「断固反対」を叫び始めた。


 自由化によって海外から農産物が国内市場に流れ込むと農産物価格が下がるのではないか。そう心配する農業者に媚びようとするから、野党はTPPのような自由貿易協定に反対する。しかし、政権について経済を活性化させるには自由化は不可避と判断し、与党は農業者の反対を押し切ってでも貿易自由化を進めようとする。そんな党利党略に農業政策は翻弄されてきたのである。


 農政の基本政策すら党利党略に揺さぶられてきた。平成11(1999)年に制定された新しい食料・農業・農村基本法に、「価格政策から所得政策への転換」という農政の基本的な方向が明記された。国際的な農業政策の潮流に沿ったもので画期的なことだった。それを具体化するため、自民党政権は19年から「経営所得安定対策」の本格実施に踏み切った。


 10_2017murata3.jpg 覚えておられるだろうか。「品目横断的経営安定対策」という政策で、品目別に価格を維持する価格政策ではなく、経営全体に着目した支援策に転換するものである。支援の対象を「意欲と能力のある担い手」に限定した。具体的には本州にあっては4ha以上の認定農業者と20ha以上の集落営農組織である。


 これにかみついたのが、野党だった民主党である。零細農家を排除する「選別政策」だと批判。それに代わって、コメ農家に10a当たり1万5千円という補給金を支給する「戸別所得補償制度」の導入を掲げた。これが農民票を引き付けたのか、19年の参院選の1人区(主に農村地帯)で民主党は大勝、21年の政権獲得に道を開いた。戸別所得補償制度は農家に好評だった。零細農家が手にする補給金はわずかだったが、営農継続の励みになった。大規模農家にとっては100万円単位の補給金が入り、まさに経営の安定に役立った。


 民主党の政策が好評であることが、野党だった当時の自民党には気にくわなかったのだろう。「バラマキ政策」だと批判し、政権を奪還したら廃止し、その代わりに「日本型直接支払制度」を導入すると農家にアピールした。政権を奪還した自民党は、戸別所得補償制度を廃止しようとしたが、農業現場から強い抵抗があったため、「米の直接支払交付金」と名称を変えて存続させた。しかし、公約があったため、26年産米からは単価を半額の7500円にし、30年産米から廃止することにした。担い手といわれる規模の大きなコメ農家には大打撃となるだろう。


 政党の都合による「ネコの目農政」から脱却し、農業者や消費者ファーストの安定的な農政を確立してほしい。10年を振り返って、つくづく思う。


むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。
定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。
現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。